第2章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
カラネス区外郭。
馬を降りるなり、私はすぐ立体機動装置に手を掛けた。
疲労はある。脚も重い。けれどここは、歩いて上がる場所じゃない。
ガスを噴かし、一気に壁へ取り付く。風を切る感覚が、頭をさらに冷やした。
壁上。
見張りの駐屯兵が、こちらを見る。
私は、着地と同時に名乗る。
「憲兵団トロスト区支部所属。現在、調査兵団へ出向中のユニ・クラインです。」
一拍。
「ピクシス司令と交渉済みです。」
視線が変わる。
私は、迷わず続けた。
「シガンシナ区より、調査兵団部隊が通過します。約定通り──」
一呼吸。
「開門、お願いします。」
返答までの一瞬が、やけに長く感じられた。
ここで止まれば──全部が詰まる。だが。
「……確認する。」
短い声。伝達が走る。
私は壁の上で、静かに待った。
落ちるか。繋がるか。
瀬戸際はいつも──こんなふうに、音もなく訪れる。
返答を待つ間、風だけが壁の上を抜けていく。
駐屯兵は、こちらを見たまま動かない。
迷っているというより──判断を、上に預けている。
やがて──足音。重くゆったりとした歩調が、こちらへ近づいてくる。
見張りの兵が、姿勢を正した。
「……司令。」
その一言で、空気が変わる。
酒の匂い。どこか飄々とした気配。
私は、振り向いた。
ピクシス司令が、壁上へ姿を現す。
「ほぅ。」
短い声。視線が、私を捉えた。
「また会ったのぅ、ユニ・クライン。」
私はすぐに踵を揃え、敬礼した。
「お時間を頂き、ありがとうございます。シガンシナ区より、調査兵団の通過要請に参りました。」
形式的な言葉。
だが──ここからが、本題だ。
私は視線を上げ、はっきりと告げる。
「壁外調査で見た、巨人の挙動。進路の偏り。異常な間隔。違和感。」
ひとつずつ、言葉を選ぶ。
「私が見たもの。感じた事。その全てを──」
一拍。
「ピクシス司令に伝えよと、調査兵団団長エルヴィン・スミスから仰せつかっております。」
その名を出した瞬間、ピクシス司令の目が僅かに細まった。
「……なるほどのぅ。」
顎に手を当て、壁の外へ視線を投げる。
「現場で見た"感覚"は、報告書よりよほど価値がある。」
そう言ってから、こちらに向き直った。
「よかろう。」
短い決断。
「話は、門を開けてからじゃ。時間は確かに──残っておらん。」
司令が、手を上げる。
「開門準備に入れ。約定通りじゃ。」
号令が、即座に伝播する。
歯車が軋む音。重い機構が、ゆっくりと動き出す。
私はその音を背に、もう一度敬礼した。
「感謝いたします。」
ピクシス司令は、フッと笑った。
「繋いだのは、お主じゃ。さぁ──通すぞ。」
門が、開く。調査兵団を未来へ通すための──たった一度の、隙間が。
私は深く息を吸い、その先を見据えた。
ここから先は、もう引き返せない。けれど、それでいい。
壁の外で、門が動き始めた。
重い軋み音。石と鉄が擦れる低い振動。
私は壁の縁に立ち、視線を下へ落とす。
先頭。担架。歩けない者。歩けるが、顔色の悪い者。
──負傷者が、ほとんどだ。
調査兵団の列が1人、また1人と門を潜っていく。
私は、数を追う。
速度。間隔。遅れがないか。すべてを見逃さない。
そして、最後尾が見えた。
私は、迷わず声を出す。
「あれが最後尾です。」
ピクシス司令が、同じ方向を見ている。
最後の1人が、門の内側へ──完全に、入った。
「閉門!」
号令が飛ぶ。
次の瞬間、再び、あの重い音。
門が閉じる。完全に塞がる。
──繋がった。
そう思った瞬間。
フッと──身体の奥から力が抜けかけた。
足元が、僅かに揺れる。
「……相当、限界に見えるのぅ。」
横から、低い声が落ちてきた。
私は歯を食いしばり、姿勢を正す。
「大丈夫です……。まだ、やる事が残ってます。」
言葉は自分に言い聞かせるみたいに、少しだけ硬かった。
ピクシス司令は何も言わず、待つ。
私は視線を下へ戻す。
門の内側。担架が、次々と運ばれていく。
血。埃。浅い呼吸。
──今、通過したのは。
「……壁外調査で見た全てを、お話しすると言いましたが、」
一拍、置く。
「今ここを通過したのは、負傷者がほとんどです。」
言葉を選ぶ。
「まずは彼らの身の安全を確実にしたい。手当てを最優先で。」
私は、ピクシス司令を見る。
「その後で、私が見たもの、感じた違和感──全てお話しします。」
逃げない。先延ばしもしない。ただ、順序を示す。
ピクシス司令は、しばらく門の内側を見ていた。やがて、ゆっくりと頷く。
「……尤もじゃ。」
短い言葉。
「まずは生かす。話は、それからで十分じゃ。」
その返答に、胸の奥が少しだけ緩む。
私は深く息を吸い、吐いた。
気は、抜けていない。
ただ──次へ進む準備が、整っただけだ。
ここからが本当の意味での、"引き継ぎ"になる。
私はもう一度壁の内側を見下ろしながら、静かに覚悟を固めた。
──まだ、終わっていない。