第2章
夢小説設定
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役目は終わった。そう思った瞬間だった。
「ユニ。」
エルヴィン団長が、名を呼ぶ。
視線は地図から外れない。それでも、こちらを意識しているのが分かる。
「ここから先は、即応が続く。だが──」
一瞬、言葉を切る。
「君は、前線から外れろ。」
即断。だが、切り捨てじゃない。
私は、僅かに目を見開いた。
「休め。状況が落ち着くまで、補給と待機だ。」
"使い切らない"判断。
それがどれほど難しいかを、この人は分かっている。
私は、短く頷いた。
「了解しました。」
そのとき。
「──妥当だな。」
横から、低い声。
リヴァイ兵士長だ。
刃を収めながら、視線だけをこちらに寄越す。
「走らせすぎだ。ここから先は、判断より反射になる。」
淡々とした口調。だが、それは"退け"じゃない。
「次に備えさせろ。」
エルヴィン団長が、頷く。
「そうする。」
2人の間で、それ以上の言葉は交わされない。
私は、一歩下がる。
身体は──確かに重い。
今になって、脚の張りと呼吸の浅さに気づく。
……限界は、近かったらしい。
「ユニ。」
リヴァイ兵士長が、前を向いたまま言う。
「動くなとは言わねぇ。だが──勝手に前に出るな。」
それだけ。
私は、背筋を伸ばす。
「了解です、リヴァイ兵士長。」
視線を上げると、2人はもう、次の配置に意識を戻している。
私はその背中を一度だけ見てから、補給地点の方へ向かった。
休む。備える。そして──呼ばれたら、また走る。
それが今の私に与えられた、正しい位置だった。
◇
地面に腰を下ろし、私は片膝を立てた。
腿。ふくらはぎ。足首。
順番に、ゆっくり伸ばす。
指先で筋を押すと、遅れて鈍い痛みが返ってきた。
……溜まってる。
意識して息を吐く。深く。長く。
戦っていない時間のはずなのに、身体の奥は、まだ張り詰めたままだ。
次の動きに移ろうとして──フッと。視界が、揺れた。音が、遠のく。輪郭が、曖昧になる。
まずい──と頭では分かるのに、身体が、言うことを聞かない。
力が、抜ける。身体が、横に傾いた。──地面が、近づく。
その瞬間。
腕を掴まれた。
強くもなく、乱暴でもない。だが、確実な力。
「……おい。」
低い声。
視界が、止まる。
私は、はっとして瞬きをした。
目の前にあるのは、見慣れた緑のマント。その奥に、リヴァイ兵士長の顔。
「……すみません。」
反射的に、そう口にする。
リヴァイ兵士長は掴んだ腕を離さず、私の顔を一度だけ、じっと見た。
「謝る必要はねぇ。」
短く言って、そのまま体勢を戻すように支える。
「今まで起きてた方が異常だ。」
言い切り。
私はもう一度、深く息を吐いた。
頭が、まだ少し重い。けれど、さっきのような揺れはない。
「……少しだけ、気が抜けました。」
そう言うと、リヴァイ兵士長は鼻で息を吐いた。
「"少し"で済んでるなら、上出来だ。」
それだけ言って、手を離す。そして、いつもの距離に戻った。
私は地面に座り直し、今度は、無理に動かない。
リヴァイ兵士長は一度だけ、周囲を見回した。
兵の動き。補給の進み具合。空の色。すべてを、瞬時に測る。
「……5分だ。」
不意に、そう言った。
私は、顔を上げる。
「5分だけ、ここで座ってろ。それ以上は、許可しねぇ。」
命令口調。でも声は低く抑えられている。
「はい。」
返事をすると、彼はもうこちらを見ていなかった。マントを翻し、補給の列の方へ歩いていく。
……5分。
短い。けれど、今の私には十分だった。
私は背中を少しだけ壁に預け、膝を抱えない程度に足を伸ばす。
呼吸を、整える。数えるように。
ひとつ。ふたつ。
瞼が、自然に重くなる。
眠るつもりはない。ただ──意識を、沈めるだけ。
音は聞こえている。遠くで交わされる声。金属の擦れる音。馬の鼻息。
全部、ちゃんと分かる。
それでも思考だけが、ゆっくりと緩んでいく。
……5分。
この5分は、叱責じゃない。叙情でもない。
"次に動くための猶予"だ。
そう思ったところで、私はほんの一瞬だけ、深いところへ沈んだ。
──名前を呼ばれるより前に、ちゃんと戻れるくらいの、深さへ。
まだ、行ける。
その確信だけを、胸の奥に残したまま。
◇
「ユニ。」
名前を呼ばれた瞬間、意識が弾かれる。パチッ、と目を開けた。
……明るい。
近い。誰か、立ってる。一拍遅れて、思考が追いつく。
──え?
私は、地面に座っている。さっきまでストレッチをしていて、リヴァイ兵士長が来て、それから……。
……目、閉じてた?
時計はない。何分経ったのかも分からない。
ほんの一瞬のつもりだった。呼吸を整えていただけのはずだ。なのに。
「……?」
喉から、間の抜けた音が漏れる。状況が掴めない。
寝た?今?ここで?
混乱したまま、視線を上げる。
そこにいたのは──エルヴィン・スミスだった。
「目が覚めたな。」
穏やかな声。だが、戦場の空気は纏ったまま。私は慌てて背筋を伸ばす。
「……すみません。少し、意識が──」
言いかけて、止めた。
違う。言い訳をする場面じゃない。
エルヴィン団長は私の言葉を遮らず、だが責める事もなく続ける。
「5分ほどだ。完全に眠っていたわけじゃない。」
……5分。
思っていたより短い。それでも確かに──落ちていた。
「限界だったんだろう。」
淡々とした口調。だが、視線は鋭すぎない。
「よく持った方だ。ここまで、な。」
一瞬、言葉を失う。
気遣いの言葉を、この人からこういう形で向けられるとは思わなかった。
エルヴィン団長は、すぐに話題を切り替える。
「次の指示だ。」
空気が、切り替わる。
「これから、部隊を再編する。君には──再び、伝達を頼みたい。」
来る。そう思っていた。
「無理なら、別の者を出す。だが君の判断力は、今の状況で有効だ。」
選択肢を与える言い方。だがその裏にある信頼は、はっきり分かる。
私は、迷わず答えた。
「……行けます。」
声は、少し掠れている。それでも意識はもう、完全に覚醒していた。
エルヴィン団長は、短く頷く。
「よし。」
それだけ。
だがその一言で、身体の奥に残っていた重さがすっと引いていくのを感じた。
5分。たった、それだけ。
けれど確かに、必要な5分だった。