第1章
夢小説設定
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エルヴィン団長とリヴァイ兵士長が来たのは、業務の合間だった。形式的な用件の延長。そう言われれば、そう見えなくもない。
けれど私は、胸ポケットに指先を滑らせそうになるのを、ぎりぎりで止めた。そこにある感触を、確かめる必要はない。忘れていないから。
エルヴィン団長の言葉は、穏やかだった。
『……君は、今の居場所を当然だと思えているか。』
問いかける形をしていながら、答えを求めていない。あの人は、もう分かっている。
続けて落ちたリヴァイ兵士長の一言は、短くて、冷たい。
『……誤魔化せてるつもりか。』
視線も向けない。気遣いもしない。なのに、胸の奥だけを正確に突いてくる。
私は何も言えなかった。ただ、息をする。
2人が去ったあと、執務室には何事もなかったような静けさが戻った。書類も、時計の音も、いつも通りだ。
けれど、私はもう分かっていた。
◇
その日の夜。
部屋に戻って、ようやく黒い封筒を開く。中に書かれていた日付は、今日だった。
……一瞬だけ、迷う。
行かないという選択肢を、頭の中でなぞる。けれど、それは選択じゃない。私は、選ぶ側じゃない。
心を殺す、という言葉が、これほどしっくり来た事はなかった。考えるのをやめ、準備をする。感情は置いていく。仕事として、向かうだけだ。
任務を終えて戻ったのは、深夜だった。体の疲労より、頭の中の静けさの方が、異様だった。
◇
ナイル師団長に呼ばれたのは、任務明けの翌日だった。疲労は残っているはずなのに、頭だけが冴えている。
「座れ。」
向かいの椅子に腰を下ろす。机の上には書類が数枚。形式は、見慣れている。
「昨日の件だ。」
それだけで、何の話か分かった。
「中央から、次の指示が来ている。内容は……昨日と同じ性質のものだ。」
淡々とした声。感情がないわけじゃない。ただ、混ぜないだけだ。
「継続、ということですか。」
自分の声が静かすぎて、少しだけ違和感を覚える。
「あぁ。お前は、適任だと判断されている。」
適任。
その言葉が、胸の奥で静かに反響する。
「……適任、ですか。」
思わず、繰り返していた。
「疑問を持たず、命令通りに動く。感情を挟まず、結果を出す。…中央が好む人材だ。」
否定できない。事実だからだ。けれど、その事実を並べられるほど、胸の内側が冷えていく。
「……ここにいる限り、私は"疑問を持たない人間"として扱われ続ける。」
言葉にした瞬間、はっきり分かった。これは恐怖だ。
疑問を持たない。考えない。選ばない。
それは忠誠じゃない。管理だ。
ナイル師団長は、否定しなかった。一拍置いて、低く息を吐く。
「そうだ。」
短い肯定。
「……気の毒だとは思っている。だが、俺は命令に逆らわない。」
分かっている。この人は、ここで動かない。
「……昨日、エルヴィンとリヴァイが来ていたな。」
淡々とした確認。あの場に、彼もいたというだけの言い方。
「表向きは、挨拶と情報交換だ。だが……あの2人が、用もなく来るわけがない。」
その言葉で、胸の奥が僅かに揺れる。不意に、低い声がよぎった。
『……誤魔化せてるつもりか。』
問いかけの形なのに、返事を求めていない声音。
見透かされた感覚だけが、あとに残る。
「……自分が、どこに立っているのかを、考えさせられました。」
そう言うと、ナイル師団長は小さく頷いた。
「……エルヴィンらしい。」
それだけだった。
「調査兵団の見学に行った理由も、俺は聞いていない。だが、最近のお前を見ていれば、察しはつく。」
一瞬、視線が伏せられる。
「憧れた場所が、あったんだろう。」
胸が、軋む。
「……それでも、中央は気にしない。お前が何を思っているかも、何を疑い始めたかも。必要なのは、使えるかどうか。…それだけだ。」
その言葉で、決定的になった。ここにいる限り、私は"疑問を持たない人間"として処理される。考え始めた時点で、もう居場所はない。
不意に、別の声が胸の奥で重なった。
『……そのまま来るな。』
その言葉が、今になって、別の輪郭を持って胸に落ちてくる。
拒まれたのだと思っていた。突き放されたのだと、そう解釈する方が楽だった。
けれど、違う。
あれは──変わらないままの私を、調査兵団に連れてくるな、という意味だった。
疑問を持ちながら、選ぶ覚悟もないまま、安全な場所に足を残したまま、それでも隣に立とうとするな、という警告。
気づいた途端、胸の奥が、じわりと痛む。
優しさじゃない。救いでもない。ただ、嘘を許さない人間の言葉だった。だからこそ、逃げ場がない。
ここに留まることも、何も選ばないことも、もう「仕方ない」では済まされない。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
「……異動願を、出します。」
自分の声だと分かるのに、遠く感じた。
「……そうか。」
ナイル師団長は驚かなかった。引き出しを開け、一枚の用紙を取り出す。
机の上に置かれた用紙。
「後悔はするな。だが、誤魔化すな。」
それだけ言って、視線を外した。
私は用紙を手に取る。紙は、驚くほど軽い。けれど、この一枚が、何を変えるのかを、私はもう知っていた。