第2章
夢小説設定
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ピクシス司令は、すぐには返事をしなかった。
酒杯を置き、顎に手を当てる。
その視線は私ではなく──壁の向こうを見ている。
「……なるほどのぅ。」
低く、ゆっくりした声。
「調査兵団が外で異変を察知し、帰還した結果が、これか。」
肯定も否定もない。だが、話は確かに受け取られている。
「エルヴィン・スミスは、今もシガンシナ区の外にいる。」
確認するような口調。
「はい。指揮を執り、状況の把握と分担を行っています。リヴァイ兵士長以下、少数精鋭が区内で巨人を討伐中です。」
ピクシス司令は、目を細めた。
「……あやつらしい判断じゃ。」
一拍。
そして──空気が、僅かに引き締まる。
「だがの、外郭側の門を開けるだけなら、まだ話は簡単じゃ。」
指が、地図の外縁をなぞる。
「外郭は、言わば緩衝地帯。人も少なく、防衛線も引きやすい。」
視線が、こちらに戻る。
「じゃが──カラネス区の外門となると話は別じゃ。」
私は、一歩も引かずに受け止める。
「門を開ければ、避難民も巨人も、流れ込む可能性がある。判断を誤れば、被害はさらに広がる。」
そして──
「開門した場合、誰が責任を負う。」
沈黙。
逃げ道は、最初からない。
私は、迷わず答えた。
「調査兵団団長、エルヴィン・スミスが。そして──現場判断を下した者、全員が。」
言い切る。言葉を濁さない。
ピクシス司令は、しばらく黙っていた。
その沈黙は、試すためのものだ。
やがて──低く、息を吐く。
「……ふむ。外郭だけでは、帰還した兵の整理も、再配置もままならん。負傷者を抱えたままでは、次の一手も打てんじゃろう。」
それを──私は待っていた。
「はい。」
声を、はっきり出す。
「壁外調査で見た巨人の挙動は、従来のものとは異なります。散発的ではなく、"待っている"ような動きも確認しました。」
一呼吸。
「外郭に留まれば、再び包囲される可能性があります。兵を守るためにも、一時的でも──カラネス区内へ入る必要があります。」
ピクシス司令は、目を細めたまま私を見る。
「……若いの。」
一拍。
「外郭側の門は、条件付きで即時開門しよう。」
胸の奥が、わずかに動く。
「そして──調査兵団の部隊に限り、カラネス区外門を開ける。」
条件が続く。
「通過は一度きり。最後尾が入った時点で、即座に再封鎖。駐屯兵団は、壁内防衛を最優先とする。これ以上の譲歩は、できん。」
試すような視線。
「それでも、行くか。」
私は、一瞬も迷わない。
「はい。」
即答。
その顔を見て、ピクシス司令は僅かに口角を上げた。
「伝えられるか?」
「必ず。」
満足そうに、息を吐く。
「では行け。時間は、味方しとらん。」
私は踵を揃え、敬礼する。
──憲兵の制服のままで。
背を向けた瞬間、背中に声が飛んだ。
「ユニ・クライン。」
振り返る。
「立場が曖昧な時ほど、覚悟は、はっきり見えるものじゃ。」
私は、短く頷いた。そして、走り出す。
外郭から、内へ。混乱から、次の一手へ。
──繋げる者がいなければ、どんな判断も、意味を持たない。
それを知っているから、
私は、走る。
壁上に戻ると、空気が違った。張り詰めている。だが、散っていない。
調査兵団は、すでに"次の段階"に入っている。
私は立体機動で高度を落とし、エルヴィン団長のそばに着地した。
エルヴィン・スミス。馬上ではなく、地に立っている。
視線は、区内。人の流れ。巨人の位置。すべてを、同時に捉えている。
「エルヴィン団長。」
呼びかけに、エルヴィン団長はすぐ振り向いた。
その視線が私を捉える。
「戻ったか。」
「はい。」
息を整える暇はない。要点だけを、正確に切り出す。
「ピクシス司令と接触しました。」
一拍。
「外郭側の門は、条件付きで即時開門。」
エルヴィン団長の視線が、僅かに鋭くなる。
「──調査兵団の部隊に限り、です。」
言い切る。
「カラネス区外門を開放。通過は、一度きり。最後尾が入った時点で、即座に再封鎖されます。」
さらに続ける。
「駐屯兵団は、壁内防衛を最優先。シガンシナ区への直接介入は、行われません。これ以上の譲歩は不可能──との事です。」
エルヴィン団長は、黙って頷いた。
想定内。だが、条件は重い。
一拍置いて、私は続ける。
「侵入経路は、一箇所とは断定できないそうです。初動が混乱しており、正確な把握は困難との事でした。」
ここでようやく、エルヴィン団長の指が、地図の上で止まる。
「……なるほど。」
短い言葉。だがその目はすでに、次の配置と時間を計算している。
「十分だ。」
視線が、再びこちらを向く。
「よくやってくれた、ユニ。」
それは、単なる労いじゃない。
条件付きとはいえ、"通路"をこじ開けた者への明確な評価だった。
そのとき、横から低い声が落ちてくる。
「戻ったか。」
リヴァイ兵士長だ。
刃の血を拭い、ガスの残量を確かめながらこちらを一瞥する。
「はい。」
それだけ答えると、一瞬間があって──
「……よくやった。」
短い。感情も、装飾もない。
けれど胸の奥で、何かが、静かに収まった。
エルヴィン団長が、すでに次の指示を飛ばし始める。
「部隊を分ける。リヴァイ、時間を稼いでくれ。カラネス区外郭経由で、動線を確保する。」
「了解。」
即答。
私はそのやり取りを聞きながら、一歩下がる。
もう、伝えるべきことはない。役目は果たした。
あとは──この人たちが、前へ進む。
その背中を、信じるだけだ。