第2章
夢小説設定
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トロスト区の外壁が視界に入った瞬間。
胸の奥で、張り詰めていた糸がきしむ音を立てた。
──まだ、無事だ。
少なくとも……ここは。
立体機動で壁を越え屋根を伝い、地上へ降りる。足をついた瞬間、空気の"密度"がはっきりと変わった。
人がいる。兵士がいる。命令が、飛び交っている。
……戦場だ。
だが、シガンシナ区とは違う。
私は周囲を見渡し、駐屯兵の一団を見つける。
装備。動き。指揮系統。
──ここで、合ってる。
私は、1人の兵士の前に出た。
「すみません。」
声を張りすぎない。だが、埋もれない程度に。
駐屯兵がこちらを見て──一瞬、目を止めた。
視線が、私の制服をなぞる。憲兵団。そう見える。
「ピクシス司令は、どちらに?」
短く、要点だけ。
駐屯兵は、僅かに眉をひそめた。
「司令に?憲兵が何の用だ。」
予想通りの反応。
私は一拍だけ置いてから、答える。
「調査兵団です。」
言い切ると、相手の表情が僅かに変わる。
困惑。疑念。それから──状況を測るような視線。
「……調査兵団?壁外調査は、どうした。」
「帰還途中です。シガンシナ区で、異常を確認しました。」
それだけで、空気が変わった。兵士は即座に、姿勢を正す。
「司令は、中央指令所だ。案内する。」
「お願いします。」
私は頷き、その後に続く。
走り出す背中を追いながら、自分の服装をふと、意識する。
憲兵団の制服。だが今の私は──調査兵団の命令で、ここにいる。
この街で、この立場で、何をどう伝えるか。
やるべきことは、明確だ。
・ピクシス司令との接触
・調査兵団の帰還報告
・壁内の状況把握
・カラネス区外門の、開門交渉
ひとつでも欠ければ、"間に合わない"。
私は、前を見る。
──大丈夫。
これは、誰かに守られるための役目じゃない。繋ぐための役目だ。
次に会うのは、壁を守る男。
そして私は"憲兵の制服を着た調査兵団"として、その前に立つ。
……悪くない。
むしろ今の状況には、これくらい歪んでいる方がちょうどいい。
◇
──トロスト区司令部。
重い扉をくぐった瞬間、空気が変わった。
怒号。報告。走る足音。
戦場の外にあるはずの場所が、すでに戦場と地続きになっている。
私は呼吸を整えながら、まっすぐ奥を見る。
──いた。
酒樽のような体躯。机に肘をつき、地図を睨んでいる男。
ピクシス司令。
私は、迷わず一歩前へ出た。
「失礼します。」
声は通った。司令が顔を上げる。鋭い視線が、私の制服をなぞった。
「……憲兵か?」
一瞬の間。
「いいえ。」
はっきりと、否定する。
「憲兵団トロスト区支部所属、ユニ・クラインです。現在、調査兵団へ出向中の身です。」
司令の眉が、僅かに動いた。
「調査兵団?」
「はい。」
私は、一歩も引かずに続ける。
「調査兵団団長、エルヴィン・スミスより命を受け、参りました。壁外調査中に発生した事態について、伝達と確認を行うためです。」
司令は、短く息を吐いた。
「……なるほど。あの男が動いたか。」
机の上の地図に、視線を戻す。
「シガンシナ区の件だな。」
「はい。」
私は、必要なところだけを切り出す。
「被害状況については、すでに駐屯兵団の方で把握されていると理解しています。外門・内門ともに破壊されており、発生から一定の時間が経過している事も。」
司令は、何も言わない。だが、否定もしない。合っている、という事だ。
「現在──」
私は、次を告げる。
「リヴァイ兵士長を含む少数精鋭が、シガンシナ区内に残存する巨人の討伐に当たっています。調査兵団団長エルヴィン・スミスは、区外より全体指揮を継続中です。」
司令が、ゆっくりとこちらを見た。
「ほぅ……あの小僧が中で暴れておるのか。」
僅かに、口の端が上がる。だが、すぐに真顔に戻った。
「で?お主がわざわざ、ここまで来た理由は?」
私は、息を吸う。ここからが、本題だ。
「確認と、要請です。」
視線を、正面に据える。
「現在、シガンシナ区は事実上孤立しています。調査兵団単独での対応には限界があります。」
そして──
「カラネス区外郭、ウォールマリア側の門。こちらの開門許可を、要請します。」
一拍。
逃げずに、続ける。
「調査兵団の帰還経路確保、および負傷者・馬匹の後送のためです。区画内に入れずともウォール・マリア内へ退く事ができれば、戦力は、確実に温存できます。」
ここまでは、最低条件。そして。
「その上で、可能であれば──」
言葉を、慎重に選ぶ。
「カラネス区外門の開門も、併せて要請します。」
視線を、逸らさない。
「区内に入る事ができれば、部隊の再編成、補給、情報整理が可能になります。調査兵団にとっても駐屯兵団にとっても、次の判断を下すための"時間"が得られる。」
少しだけ、間を置く。
「無論、危険は承知しています。最終判断は、司令に委ねます。」
だが──
「それでも──今、門を閉ざしたままであれば、外にいる兵士達は選択肢を失います。」
私は、静かに言った。
「門を開けていただければ、責任は調査兵団が負います。その覚悟で、ここに来ました。」
一瞬、静寂。
司令は、じっと私を見ている。
憲兵の制服。
だが、言葉は調査兵団のもの。
その矛盾を、測るように。
やがてピクシス司令は、ふっと笑った。
「……やれやれ。」
椅子に深くもたれかかり、
「面白い時代になったものだな。憲兵が、調査兵団の顔をして走り回るとは。」
視線が、鋭くなる。
「だが──話は、筋が通っておる。」
地図の一点を、指で叩く。
「よかろう。急ぐ理由は分かった。検討しよう。」
その言葉に、胸の奥が僅かに緩む。だが、気は抜かない。これは、始まりだ。
私は、深く一礼した。
「ありがとうございます。」
──あとはこの判断が、壁の中の人間を、どれだけ救えるか。
それだけだ。