第2章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
壁が見えた。
夜明け前の薄い光の中に、見慣れた輪郭が浮かび上がる。
──帰ってきた。
そう思った、次の瞬間。
俺は違和感で、手綱を引いた。
そして思わず、目を細めた。
門だ。
壁外調査のたびに通ってきた、あの門。
開いているんじゃない。壊れている。
門扉は、原形を留めていない。
外へ向かって開いたのではなく、外側から──叩き潰されたような有様だ。
瓦礫。崩れた石材。歪んだ鉄。
いつもならここで減速し、隊列を整えて、合図を待つ。
しかし今は、その"手順"そのものが成立しない。
「……クソ。」
喉の奥で、声が潰れる。
壁は、立っている。
だが"入口"が、機能していない。
つまり──
「中に、入られてるな。」
調査兵団が外で相手にしてきたものが、もう、壁の内側にいる。
ここは、安全圏じゃない。
俺は即座に判断を切り替える。
これは帰還じゃねぇ。突入だ。
「警戒を上げろ。気を抜くな。」
馬を進めながら、崩れた門を睨みつける。
ここは、俺たちが何度も通った場所だ。
知っているはずの地形。慣れているはずの距離。
──なのに空気が、まるで違う。
外で感じていた違和感が、今、はっきり形を持った。
巨人は、北を向いていた。壁を目指していた。
そして──間に合わなかった。
俺は、歯を食いしばる。
「……エルヴィン。」
紫は正しかった。判断も、間違っていない。
だが現実は──一歩、先に行かれた。
調査兵団は、"外"から戻った。
そして今度は、"内側"で戦う。
俺は崩れた門を見据えながら、刃の感触を確かめる。
──状況は変わった。
だが、やる事は同じだ。
目の前の脅威を、切る。
それだけだ。
──────────────
シガンシナ区の外門は、壊されていた。
見慣れているはずの門。壁外調査のたびに、通ってきた場所。
その中央が、抉り取られたみたいになくなっている。
……何が。
喉まで出かけた言葉を、飲み込む。
違う。今は、それじゃない。
ここは、壁の外。
周囲にはまだ──巨人がいる。
私は、反射的に視線を走らせる。
門。壁の上。周辺の地形。
逃げ場はない。立ち止まる余裕もない。
──どうする。
答えを探して、私はエルヴィン団長を見る。
馬上の姿勢は、変わらない。だが、視線はもう状況の"先"を捉えている。
次の瞬間、団長の声がはっきりと響いた。
「全体、停止。状況を分けて確認する。」
短く、迷いのない指示。
「壁上を確保する部隊。門周辺の警戒を続ける部隊。」
役割が、即座に切り分けられる。
「リヴァイ。」
名を呼ばれただけで、意味が伝わる。
リヴァイ兵士長が、頷いた。
「数名連れて、上に行く。」
「外から、全体を見る。」
選別が始まる。
視線が一瞬──私を掠めた。
「ユニ。」
呼ばれる。
「来い。」
「はい。」
考える暇は、ない。
私は馬を寄せ、リヴァイ兵士長の横へ出た。
壁に取り付く。立体機動で、上へ。
一息で、視界が変わる。
──地獄だった。
壁の内側。煙。瓦礫。人の形をしたものと、そうでないもの。
そして──内門も、壊されている。
ここだけじゃない。
門を破壊されたのは、今この瞬間じゃない。時間が経っている。
私は、息を詰める。
……つまり。
壁の内はすでに──
「……最悪だな。」
低い声。
リヴァイ兵士長だ。
私は壁の上から、街全体を必死に見渡す。
逃げ惑う影。動く影。動かない影。
理解したくない情報が、次々に視界に入ってくる。
それでも、目を逸らさない。
見る。把握する。伝えるために。
下では、エルヴィン団長が次の判断を下しているはずだ。
分担。進路。帰還経路。
そのための"全体像"を掴む役目が──今、ここにいる私達だ。
私は唇を噛み、視線を、さらに遠くへ伸ばした。
──この状況を、ただの惨状で終わらせないために。
壁の上に、風を切る音が重なる。
ひとつじゃない。複数のワイヤーが、ほぼ同時に。
次の瞬間、私達の少し後方に影が降り立った。
重すぎない着地。立体機動装置を使ったとは思えないほど、静かだ。
振り返るまでもない。
エルヴィン団長だった。
壁の縁に片足を掛け、街の内側を一瞥する。
その視線は、惨状を"見る"というより──すでに"整理している"。
「状況は?」
短い問い。
リヴァイ兵士長が、先に答える。
「外門だけじゃねぇ。内門もやられてる。時間は、ある程度経ってる。」
エルヴィン団長は、頷いた。
「確認した。ここは、すでに戦場だ。」
それだけで、この先の前提が共有される。
エルヴィン団長は、今度は私の方を見た。
「ユニ。街の内部、どう見える?」
私は息を整え、事実だけを拾い上げる。
「煙が多く、視界は悪いです。逃げている人と、動かない人が混在しています。……巨人の数は、把握しきれません。」
言い終えたあと、一拍の間を置いてから付け加える。
「ですが──収束している様子は、ありません。」
団長の目が、僅かに細まる。
「そうだろうな。」
肯定。迷いはない。
エルヴィン団長は壁の内側から外側へ、ゆっくりと視線を動かした。
「この門は、塞がなければ意味をなさない。だがそれは──今ここにいる人間だけでは、どうにもならない。」
結論を、先に置く。
「駐屯兵団と接触する。指揮系統を、繋ぐ。」
そして。
「リヴァイ。」
名を呼ばれた瞬間、役割はもう決まっている。
「ここで、できる限り数を減らせ。街の動線を確保する。無理はするな。だが、躊躇もいらない。」
「……了解だ。」
短い返答。それで十分だ。
次に団長の視線が、私に戻る。
その目がこちらを捉えた瞬間、胸の奥で、何かが切り替わるのが分かった。
──来る。
「ユニ。トロスト区へ向かえ。」
心臓が一拍、強く打つ。
名前を呼ばれただけで、自分が"次の駒"として選ばれたことを理解する。
逃げ場はない。
「駐屯兵団司令──ピクシスに接触する。状況を伝えろ。そして、カラネス区外郭の門の開門を要請しろ。」
一拍。
その沈黙に、団長がどこまでを想定しているのかが滲む。
「カラネス区の内側まで入れれば、理想だ。」
──理想。
つまりそれは──叶えばいいが、保証はない、という意味だ。
「だが──」
言葉が、続く。
「まずは、ウォールマリアに戻れるだけでもいい。」
最低限。撤退線。ここで、はっきり分かる。
団長は"最善"と"最悪"の両方を、最初から天秤に載せている。
決定権はない。交渉権もない。
だが──
「どこまで通せるかは、君の判断次第だ。」
それでも、最後の線引きは私に預けられる。
「──ユニ。」
呼び止める声。
「私は、ここを離れられない。調査兵団全体の指揮は、私が取る。」
その言葉は、言い訳でも、弁解でもない。事実の提示だ。だからこそ、重い。
「行けるか。」
問い。だが試されているのは、覚悟じゃない。"引き受けるかどうか"だけだ。
私は、一瞬も迷わない。
「行けます。」
短く、はっきり。
それ以上の言葉は、必要ない。
エルヴィン団長はほんの一瞬だけ、私を見つめてから頷く。
「頼む。」
それだけ。
それだけで、背中に役目が乗る。
リヴァイ兵士長が、ちらりとこちらを見る。
言葉はない。だが──
「死ぬなよ。」
それだけで、十分だった。
「はい。」
私は、壁の縁に足を掛ける。
下には、混乱。上には、まだ整理されていない全体像。
でも──立ち止まっている時間は、ない。
私は立体機動装置を起動させ、トロスト区の方角へ、身体を投げ出した。
──これは、私1人の判断じゃない。
3人分の視線と、それぞれの役割が、今、同時に動き出した。
戦場は、広い。
だからこそ──分かれて戦う。
それが、調査兵団の選んだ答えだった。