第2章
夢小説設定
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数十分が過ぎた。
蹄の音が一定の間隔で地面を叩き、長距離索敵陣形は予定通りに展開されている。
前方。左右。後方。
視界に入る兵士達は、それぞれの距離を保ったまま黙々と走っていた。
──そして。
空を裂く、乾いた破裂音。
最初の信煙弾が、上がる。
緑。
真っ直ぐに立ち昇る煙が、進路を示すように風に揺れた。
団長の合図だ。
進行方向、異常なし。計画通り、前進。
誰も声を出さない。それでも全員が、同じ情報を共有する。
私は手綱を握り直し、視線を前に戻す。身体は、驚くほど落ち着いている。
前回は、この段階で周囲の様子ばかりを見ていた。
距離。速度。自分の位置。
──今は、違う。
視線は自然と、"次に起きる事"へ向いている。
赤が上がるか。黒が上がるか。それとも、何も起きないまま進めるか。
ただ、それだけを考えている。
前方の煙は、まだ薄い。馬の背で、私は小さく息を整えた。
空は、広い。
あの日エルヴィン団長に言われた言葉が、ふと、頭をよぎる。
──空の、続きを。
私は前を向いたまま、その続きを"見に行く側"として、ここにいる。
蹄の音が、重なる。
緑の煙が、ゆっくりと散っていく。
そして──次の合図を待つ時間が、始まった。
さらに、数十分後。
長距離索敵陣形は、順調に展開されていた。
馬の蹄が地面を叩く音が、一定の間隔で続く。
風の流れ。視界。左右の距離。
身体が、勝手に確認を繰り返す。
──そのとき。
空に、一本の線が引かれた。
赤。右前方。少し離れた位置。
通常種。数は、まだ分からない。
周囲の兵士達が、一斉に視線を向ける。
陣形は、崩れない。
……想定内。
そう思った、次の瞬間。
黒。今度は、反対側。左後方寄り。
間髪入れず。
迷いのない色。
奇行種。赤と黒。左右、逆方向。
空気が、一段階張り詰める。
──来る。
直感が、そう告げた。
「速度、落とすな。」
前方から、低い声が飛ぶ。
リヴァイ兵士長だ。
「赤は無視。」
「黒を警戒しろ。」
短く、的確。
「奇行種は動きが読めねぇ。各自、距離を保て。」
馬上の姿勢が、微かに変わるのが分かる。
誰も声を上げない。命令は、十分だ。
私は手綱を握り直し、視線を左後方へ走らせる。
まだ、見えない。
けれど──この配置。この距離。
──前だ。
私は身体を低くし、風を切る感覚に意識を戻した。
考えるな。見るな。動け。
赤も、黒も。空に上がった色は、ただの合図だ。
生き残るかどうかを決めるのは──その、次の瞬間。
蹄の音が、再び揃う。陣形は、前へ進む。
壁の外はもう、完全に──戦場だった。
────────────────
黒を見た瞬間、エルヴィンが即座に動いた。
空へ──緑。
進路指示。一切の躊躇がない。
状況を見てから判断したというより、来る前提で用意していた動きだ。
「……チッ。」
俺は小さく舌打ちし、手綱を引いた。
「進路変更だ。左へ振れ。距離を詰めすぎるな。」
声を張る必要はない。この陣形、この速度なら、通る。
馬の向きが、揃って変わる。地面の感触が、僅かに変化する。
視界の端で兵士達が、一斉に位置を修正するのが分かる。
──いい。
崩れていない。
俺は前方を走りながら、一瞬だけ、後ろを確認する。
ユニは──いる。
小柄な体を低く保ち、無駄のない姿勢で馬を制御している。
視線は前。余計なものを、見ていない。
……問題ねぇ。
そのとき──黒。
まただ。さっきより近い。位置はさきほどとほぼ同じ方角。
つまり──
「……追ってきてやがるな。」
奇行種。進路を変えたのを、見ている。
速度。間合い。動き。
判断は、一瞬で済む。
俺は前方に向けて声を飛ばした。
「奇行種接近。このまま引きつける。」
後方を振り切るか。迎え撃つか。
──どちらでもいい。
今は、まだ。
「隊列、詰めすぎるな!間合いを保て!」
馬上で、身体を前に倒す。
風を切る音が、変わる。地面の揺れが、強くなる。
奇行種は、予測を裏切る。
だが裏切られる前提で動けば、話は別だ。
エルヴィンの緑。
二度目の黒。
どれも、"異常"の範囲だ。
──まだ、だ。
俺は前を走りながら、刃の位置を指先で確かめる。
まだ抜かない。今じゃない。
だが、近づいている。確実に。
「……面倒なのが、混ざってきたな。」
呟くように吐いて、視線を前へ戻す。
陣形は維持。判断も、遅れていない。
問題はない。
──今のところは。
だが、この"違和感"は覚えておく。
戦場はいつも、静かに牙を剥く。
その前触れだけがこうして──先に来る。
風を切る音に、別の音が混じった。
蹄じゃない。
地面を叩く、重く、間延びした足音。
…絶対来たな。
視線を、僅かに左へ振る。
草原の起伏の向こう。
土煙が、不自然に立ち上っている。
速い。一直線じゃない。進路を読む気も、隠す気もねぇ。
奇行種。
姿を現したのは、次の瞬間だった。
人型。だが、走り方が狂っている。
腕を振らず、上体を前に倒し、脚だけで──無理やり距離を詰めてくる。
……気持ち悪ぃ。
「視認した。」
低く、短く吐く。
「左後方、単体。目標加速!」
周囲が、即座に反応する。馬の間隔が、僅かに広がる。
いい判断だ。
俺は、もう一度だけ後ろを見る。
ユニ。
視線は前。だが、周囲の気配を拾っているのが分かる。
あいつも、感じてる。あの足音を。
奇行種は、距離を詰める事しか考えていない。
噛みつく角度も、掴む位置も、まるで計算に入っていない。
だからこそ、厄介だ。
「……速度差は、まだある。」
馬の脚力が勝っている。
だが油断すれば──追いつかれる。
俺は、刃に手をかける。
抜くか。まだか。
斬るなら、一撃で終わらせる距離まで──引きつける。
「前列、集中しろ。不用意に離れるな。」
声は張らない。この距離、この風なら、届く。
奇行種が、進路を微妙に変えた。
俺達を追う軌道。だが、完全に一直線じゃない。
……狙ってやがるな。
群れに突っ込む気だ。一人でも遅れた奴を、引きずり落とす。
「……来るぞ。」
俺は、馬上で重心を下げる。
そして刃を──抜いた。
金属音が、風に紛れる。奇行種が、地面を蹴る。距離が、一気に縮む。
「一撃で──仕留める。」
声に出す必要はない。身体が、もうそう決めている。
陣形は、まだ崩れていない。判断も、遅れていない。
だからこの程度で、終わらせる。
奇行種の影が、視界いっぱいに広がった──
その瞬間を俺は、正確に待っていた。