第2章
夢小説設定
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訓練内容を変更した理由を、説明するつもりはなかった。
必要だからそうした。それだけだ。
組み手。対人格闘。
調査兵団にとっては補助的な訓練だが、"人間相手"という点では、立体機動よりも露骨に本性が出る。
列に並ぶ兵士達を一瞥する。
表情。呼吸。視線の置き方。
……やはり、混ざっているな。
昨日の件で「勘違いした奴」と、「調子に乗った奴」と、「正義を盾にする奴」。
そして──ユニ。
小柄な体。視線は低く、呼吸は一定。
怯えてはいない。だが、前ほど"世界"を見ていない。
心が折れた兵士の立ち方だ。
「始めるぞ。」
短く告げる。
組み合わせを決める間も、ユニは何も言わない。視線も上げない。ただ、身体が動く。
──厄介だな。
あれは、平気な顔じゃない。"何も感じないようにしてる"時の動きだ。
最初の数組は、問題なく終わる。実力差が露骨に出ない程度の組み合わせ。
そして──来た。
ユニの前に立った兵士。
体格は平均よりやや上。拳を握る力が、無駄に強い。
……あぁ。こいつか。
「始め。」
合図と同時に、ユニは半歩、後ろに下がる。
逃げの構え。攻めない。取りに行かない。
──時間を稼ぐ動き。
相手の兵士が一瞬、苛立つ。
その瞬間を、俺は見逃さない。
踏み込み。力任せの掴み。
……遅い。
ユニは、潜り込む。
肘。肩。重心。転がす。
床に、鈍い音。
だが──倒された兵士は、止まらなかった。
跳ね起き、顔を歪め、明らかに"訓練"の域を越えた勢いで突っ込む。
──殺気。
あぁ、そう来るか。
次の瞬間。
「──やめろ。」
声より先に、俺の身体が動いていた。
兵士の背を掴み、床に叩き伏せる。
骨が折れるほどじゃない。だが、逃げられない力。
「訓練だ。」
低く告げる。
兵士は息を荒げ、悔しさと怒りを滲ませてこちらを見る。
「……今のは、」
「──本気で噛みつく動きだったな。」
遮る。言い訳を、許さない。
周囲が、静まり返る。誰も、息をしない。
ユニは──立ったままだ。
こちらを見ていない。床を見つめたまま、ただ、呼吸を整えている。
……やはりそうだ。
昨日の今日で、感情を乗せられる状態じゃない。
だからこそ──
「次。」
俺は兵士を放り、何事もなかったように言う。
「組み替える。」
ざわり、と空気が動く。
何人かが、今の一連を"理解"した顔をする。
何人かは、まだ理解していない。
──だから、続ける。
これは制裁じゃない。復讐でもない。
選別だ。
ここに立つ覚悟があるか。誰を敵にするつもりなのか。そして── ユニに向けられたその視線が、"仲間を殺す刃"になり得るかどうか。
それを──叩き込む。
「感情で動く奴は、戦場じゃ死ぬ。」
「相手の立場も、状況も読めねぇ奴も同じだ。」
視線を、兵士達に走らせる。
「──不満があるなら、まず腕を上げろ。」
それだけ言って、背を向ける。
後ろで、誰かが唾を飲む音がした。
あとは──俺がやる。
死人が出なけりゃ、問題ねぇ。
背を向けたままでも分かる。
まだ、納得していない視線がある。
動きが止まった訓練場で、呼吸の乱れが、ひとつだけ浮いている。
……愚かだな。
俺が背を向けたのを「終わった」と受け取る奴が、必ず出る。
「……兵長。」
来た。
低いが、張りつめた声。抑えているつもりで、抑えきれていない。
振り返る。
声を上げたのは、さっき床に叩き伏せた兵士──ではない。
その隣。一歩前に出た、別の男。
顎が上がっている。視線が、俺とユニを往復している。
「納得できません。」
ほぅ。
「訓練だって言いましたよね。だったら、さっきのは──」
言葉を探している。正義の形を。
「……公平じゃない。」
空気が、凍る。
誰も声を出さない。だが何人かが、同じ事を思っているのが分かる。
俺は少しだけ歩み寄り、距離を詰める。
「何がだ。」
低く問う。
男は喉を鳴らし、それでも引かなかった。
「兵長は……ユニだけ、庇っている。」
──あぁ、それか。
「昨日から……今日も、さっきも。」
言葉が、熱を帯びる。
「それで、どうやって信頼しろって言うんですか。」
信頼。笑いそうになるのを、堪える。
俺は、男を見下ろす。
「信頼?」
繰り返す。
「誰が、お前に"信頼しろ"と言った。」
男が、言葉に詰まる。
「勘違いするな。」
一歩、近づく。
「俺は、信頼を配る立場じゃねぇ。命を預けられるかどうかを、見てるだけだ。」
視線を、訓練場全体に走らせる。
「さっき止められた理由が分からねぇなら──お前はもう一度、床を舐めた方がいい。」
ざわ、と空気が揺れる。
男の拳が、僅かに震えた。
怒り。屈辱。そして──まだ、引かない意思。
……なるほど。
「……なら。」
男は、一歩、踏み出す。
「俺が間違ってるって言うなら──今、ここで、証明してください。」
ほぅ……これは、完全に、火だ。
俺は視線を外さず、短く言う。
「ユニ。」
名前を呼ばれ、ユニがはじめて顔を上げる。
だが、その目はまだ静かだ。昨日のままの、深い水面。
「下がれ。」
一言。命令だ。
ユニは一拍だけ迷い、それから、何も言わずに下がる。
その動きを、周囲の兵士達が息を詰めて見ている。
俺は上着を脱ぎ、床に放る。
「──いいだろう。」
男の前に立つ。
「相手をしてやる。」
空気が、完全に張り詰めた。
男の目が、見開かれる。期待と恐怖が、同時に走る。
「条件はひとつ。」
低く、告げる。
「"訓練"だと思ってるうちは、立て。本気で噛みついた瞬間──」
一歩、踏み込む。
「……俺が折る。」
沈黙。次の瞬間、誰かが、唾を飲み込んだ。
そして──
「始め。」
号令と同時に、男が飛びかかってきた。
速い。だが、雑だ。怒りが先行している。
……終わりだな。
俺は、受けない。
避ける。崩す。関節を取る。
床に叩き伏せるまで、3秒も掛からなかった。
「ぐっ──!」
悲鳴は、上がらない。上げさせない。
耳元で、低く言う。
「さっきお前がやろうとしたのは、これだ。」
力を、少しだけ込める。
骨が、鳴る。
「分かったか。」
男は声も出せず、ただ、何度も頷く。
俺は手を離し、立ち上がる。
「──次。」
視線を、周囲に走らせる。
「まだ、納得してねぇ奴はいるか。」
誰も動かない。
目を逸らす者。歯を食いしばる者。そして──"理解した"顔をした者。
……十分だ。
俺は、背を向ける。
「訓練を続ける。」
淡々と告げる。
背中越しに、視線が変わったのを確かに感じた。
恐怖だけじゃない。嫌悪でもない。
──線引き、だ。
誰に牙を向けていいか。誰に向けたら、死ぬか。それを、身体で覚えさせただけだ。
視界の端で、ユニが静かに立っている。
まだ、折れたままだ。
だが、折れたままでも、ここに立たせる。
それが、俺の役目だ。
……あとは。本当に、俺がやる。
この火が、刃になる前に。