第2章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
廊下は、昼前の時間帯らしく人の出入りが多かった。
報告書を運ぶ兵、訓練に向かう班、整備場へ急ぐ足音。
私は、その中を歩いている。1人ではない。
「──で、次の訓練配置だが。」
隣にいるのは、リヴァイ兵士長だ。
用件は単純だった。
訓練順の確認と、立体機動装置の点検報告。どちらも、短く済む話。
だから私は、いつも通り歩幅を合わせ、少しだけ後ろ気味の位置を保っていた。
……そのつもり、だった。
前方から、長身の影が近づいてくる。
ミケ・ザカリアス分隊長。
歩く速度は速い。視線は、こちらを向いていない。
──あ。
気づいた時には、距離が詰まっていた。
避けようとした、その瞬間──肩を引かれた。
反射的に、身体が横へ流れる。
強くはない。けれどはっきりとした力。
「……チッ。」
低い舌打ち。私の視界を、大きな影が横切る。ミケ分隊長はそのまま一歩前に出て、足を止めた。
「悪い。見えなかった。」
短い謝罪。それだけ言うと、もうこちらを見ずに歩き去っていく。
廊下に残ったのは一瞬、止まった空気と──私と、リヴァイ兵士長。
掴まれていた肩から、手が離れる。
私は、少し遅れて息を吐いた。
「……大丈夫か。」
問いかけは、低く、短い。
「はい。」
即答すると、リヴァイ兵士長はそれ以上何も言わない。ただ私の立ち位置を、自然に自分の内側へ寄せた。
そしてまた、歩き始める。何事もなかったかのように。
けれど周囲の気配が、明らかに変わっていた。
視線。
さっきまでの、遠巻きで探るようなものとは違う。
一瞬止まり、次に揺れる。
「……今の……。」
「肩、引いたよな……。」
声にはならない。けれど、確実に伝わってくる。
私は、何も言わない。顔も上げない。ただ隣を歩く影の存在を、意識する。
歩幅。速度。距離。
──近い。
さっきまでより、ほんの少し。
リヴァイ兵士長は前を見たまま言った。
「話の続きだ。」
「はい。」
それで、会話は元に戻る。
けれど今の一瞬を、見た人間は、見た。
触れられていないのに、廊下の空気がざわついている。
私は今、その中心にいる。
望んだわけでも、説明したわけでもないのに。
胸の奥が、静かに重くなる。
──火はもう、音を立て始めていた。
リヴァイ兵士長は用件を終えると、そのまま別方向へ歩いていった。
足音が遠ざかる。角を曲がり、完全に視界から消える。
それを、合図にしたように「……なぁ」と背後から、声がした。
振り向くと、2人。どちらも見覚えのある一般兵士だ。さっきまで何も言わずに訓練の準備をしていたはずの顔。
そのさらに後ろ。
距離を保ったまま、数人が立ち止まっている。会話に入る気はない。けれど耳は、こちらに向いている。
「さっきの、見たんだけどさ。」
1人が、言葉を選ぶように、一拍置く。
「……兵長と、随分近いよな。」
責める口調ではない。けれど、探るような視線。
「別にさ、疑ってるとかじゃない。」
もう1人が続ける。
「ただ……ちょっと、目立つっていうか。」
目立つ。その言葉が、胸の奥で静かに引っかかる。
私は、何も言わない。
「憲兵から来たんだろ。」
「しかも直接、兵長付きみたいな扱いでさ。」
扱い、という言葉に、空気が僅かに硬くなる。
「……俺たちも、命懸けでやってる。」
「だからさ、」
言葉が、そこで止まる。代わりに、視線が集まる。私の顔に。口元に。
──何か、言うだろう。
そういう、期待。
私は息を吸って、それから、何も言わなかった。
否定もしない。肯定もしない。理由も、説明もしない。
ただ視線を下げもせず、立ったままでいる。
「……。」
沈黙が伸びる。
気まずさと苛立ちと、正しさが混ざった沈黙。
誰かが舌打ちしそうになって、結局、何も言わずにやめた。
「……分かった。」
最初に声を掛けてきた兵士が、小さく、そう言った。
納得したというより、これ以上は踏み込めない、と判断した声。
彼らはそれ以上何も言わず、それぞれ持ち場へ戻っていく。
残されたのは視線の名残と、胸の奥に沈んだ、重さ。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
何も解決していない。誤解も、空気も、そのままだ。
それでも、言わなかった。言えなかった。
──言う必要は、ないと思った。
リヴァイ兵士長の名を、理由にするつもりはない。
私は装置に手を伸ばし、次の準備を続ける。
背中に残る視線を、感じないふりをしながら。
火はもう、確かに音を立てていた。