第2章
夢小説設定
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通路を折れ、階段を上がる。
本部内部は見学の時よりも、ずっと生活の匂いが濃い。
人の行き来。木の床の擦れ。長く使われてきた建物特有の、落ち着いた空気。
「……待て。」
低い声。
私は反射的に足を止める。
「?」
理由が分からないまま、リヴァイ兵士長を見る。
視線は私ではなく──これから使うことになる部屋の扉、その先に向けられていた。
一拍。扉を開ける前に、僅かに眉が動く。
「先に片付ける。」
短い言葉。
命令でも、説明でもない。事実確認のような声音。
「……はい?」
思わず、間の抜けた返事になる。
片付ける、というのは。誰が?何を?
私の疑問など意に介さず、リヴァイ兵士長は扉を開けた。
──瞬間。
空気が変わる。
埃っぽいわけでも、散らかっているわけでもない。ごく普通の、使われていない部屋。
それでも、リヴァイ兵士長の足が一歩、止まる。
「……。」
無言。けれどその沈黙に含まれる"評価"が、異様に重い。
私は、部屋の中を見回す。
簡素なベッド。机。椅子。最低限の備品。
特に問題があるようには、見えない。
「……何か、問題がありますか。」
そう問いかけた途端、リヴァイ兵士長がこちらを見る。
「ある。」
即答だった。
私は、言葉を失う。
「……ここは、今日からお前が使う。」
「はい。」
「なら、なおさらだ。」
意味が分からない。
次の瞬間──「動くな」と、そう言われる。
今度は、はっきりとした指示。
私は、その場で立ち止まる。
リヴァイ兵士長は無言のまま袖をまくり、部屋の隅に置かれていた雑巾と桶を手に取った。
迷いがない。慣れすぎている。
「……あの、リヴァイ兵士長──」
「動くな。手出しもするな。」
間髪入れずに遮られ、私は口を閉じる。
床。机の脚。窓枠。
無駄のない動きで、次々に拭かれていく。
速い。正確。徹底的。
その様子を、私は呆然と見ていた。
──掃除。
しかも、かなり本気の。
「……。」
これは、何だろう。
作業というより、確認。あるいは──"準備"。
しばらくして、リヴァイ兵士長はようやく動きを止める。
雑巾を桶に戻し、短く息を吐く。
「……これでいい。」
それだけ言って、ようやくこちらを見る。
「入れ。」
許可。私は言われるまま、一歩踏み出す。
先ほどまでと、何が違うのかは分からない。
でも床に足を置いた瞬間、なぜか変に緊張が解けた。
「…ここが、お前の部屋だ。」
「……はい。」
それだけ。
廊下の方から、何人かの兵士の視線を感じる。
立ち止まる音。一瞬、止まる会話。
──何をしていたのか。
──なぜ、兵長が。
言葉にはならない疑問が、確かに漂っている。
私は、無意識に背筋を伸ばす。
けれどリヴァイ兵士長は、気にも留めない。
「荷は、後で持って来い。」
「はい。」
「必要な物があれば言え。」
「……はい。」
それだけで、会話は終わる。
掃除された部屋。静かな空気。
私は、まだ何も分かっていない。
けれどこの人は、"使わせる前に整える"という判断をした。
それだけは、はっきり伝わってきた。
私は何も言わず、部屋の中央に立つ。
ここが、今の居場所だ。
そう、静かに理解しながら。
─────────────────
執務室に戻る途中だった。
廊下の角を曲がったところで、聞き慣れた足音が横に並ぶ。
「ねぇ、リヴァイ。」
視線は前を向いたまま。振り返る必要はない。
「もう気づいてると思うけどさ、」
ハンジの声は、いつもより少しだけ抑えめだ。
「……ユニ、結構見られてるよ。」
曖昧な言い方。だが、意味は分かる。
憲兵の制服。壁外調査。本部。俺のそば。
条件は揃いすぎている。
「噂になるのも、時間の問題かなぁって。」
忠告というより、確認。あるいは──様子見。
俺は足を止めない。
「知ってる。」
短く答える。
「でもさ、立場的に──」
「だが、それがどうした。」
被せるように言う。
語気を強める必要はない。事実を述べるだけだ。
ハンジは一瞬、言葉を切る。
「……ふぅん。」
軽く息を吐く音。
「相変わらず、分かりやすいね。」
皮肉とも、呆れともつかない声。俺は視線を前に固定したまま言う。
「俺の部下じゃねぇ。だが、俺の判断で、ここにいる。」
それ以上でも、それ以下でもない。説明は不要だ。
「問題が起きりゃ、俺が処理する。」
それだけ告げる。
ハンジは、少し間を置いてから肩をすくめた。
「……そっか。」
それ以上、何も言わない。
廊下の先で、兵士達の気配が交錯する。
視線。沈黙。探る空気。
全部、承知の上だ。
「話は、それだけか。」
「うん。君がちゃんと考えてるなら、私が何か言う必要はないしね。」
ハンジは手を振って去っていく。
俺は歩調を変えない。
──見られるのは、当然だ。
それで揺らぐようなら、最初から横には立たせていない。
ただ、それだけの話だ。
───────────────
執務机に向かっていたところで、扉の外側で足音が止まった。
「エルヴィン。」
名を呼ばれて、顔を上げる。
「どうした、ミケ。」
入ってきた彼は窓の近くで一度立ち止まり、空気を嗅ぐように鼻を鳴らした。癖のような仕草だ。
「……良くない匂いがする。」
前置きもない。だが、何の事かはすぐに分かる。
「兵団内か?」
「あぁ。視線が集まりすぎてる。放っとくと面倒になる匂いだ。リヴァイは……まぁ、気にしないだろうがな。」
「だろうな。」
即答する。
「そっちは、リヴァイが何とかするだろう。」
ミケは肩をすくめた。
「……そっち、か。それ以外にも、問題が?」
「まぁ、多少な。」
それ以上は言わない。言う必要もない。ミケは深く追及せず、短く頷いた。
「了解だ。じゃあ、俺は持ち場に戻る。」
「あぁ、頼む。」
扉が閉まる音を聞きながら、私は椅子に深く腰掛け直す。
兵団内の空気。視線。違和感。
それらは、想定の範囲だ。
リヴァイが前に立つ限り、大きく拗れることはない。
問題は、別の場所にある。
私は、机の上の書類に視線を落とす。
中央。彼女を、5年間縛ってきた場所。
──交渉は、こちらで引き受ける。
その判断に、迷いはなかった。
盤面は、すでに動いている。あとは、どこまで切り込むか。
私は静かにペンを取り、次の一手を考え始めた。