第1章
夢小説設定
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机の上には、いつもより多い書類が積まれている。
壁外調査の報告。損耗の集計。人員の再配置案。
その中に一枚——意識しなければ紛れてしまう程度の、薄い紙束があった。
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憲兵団所属兵士
一時的出向
継続、もしくは終了
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形式は、よくあるものだ。
だが、内容は単純ではない。
私はペンを取り、項目を確認する。
階級、所属、経歴。
どれも、表に出せる情報だけが並んでいる。
——"中央"に関わる部分は、当然、ここにはない。
それでいい。
書類というのは、書かれない部分にこそ意味がある。
私は、必要事項を端的に埋めていく。
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調査兵団への出向継続を希望
戦力として有用
今後の配置は兵士長判断に委ねる
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言葉は最小限。
余計な感情は、一切挟まない。
中央憲兵に提出する文面は、さらに削る。
「要請」ではない。「相談」でもない。
事実の報告と、既成事実の積み重ね。
彼女が壁外調査に参加した事。
実績を上げた事。
調査兵団側が、継続を前提に動いている事。
決定権がどこにあるかなど、私は最初から承知している。
だが同時に——誰が"交渉に出るか"も。
ペンを止め、紙面を見下ろす。
中央は、必ず難色を示す。
理由も、手段も、想像がつく。
それでも——
私は、淡々と署名を入れた。
個人的な感情はない。少なくとも、表向きは。
ただ、必要な手続きをしているだけだ。
——彼女が、調査兵団を選んだ。
ならばそれに見合う舞台を整えるのが、私の役目だ。
書類を揃え、封をする。
机の上に置かれたそれは、まだ"承認待ち"に過ぎない。
だが、交渉はもう——始まっている。
私は次の書類に手を伸ばす。
作業の手は、止めない。
調査兵団は、前へ進む。
そのために必要な犠牲も、摩擦も——すべて、私が引き受ける。
それが、団長という立場だ。
そして静かに、思う。
彼女は、もう後戻りしない。
ならば私は、前に進むための道を塞ぐものをひとつずつ、排除するだけだ。
事務的に。極めて、冷静に。
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中央第一憲兵。
高い天井と、磨き上げられた床。
窓から差し込む光は外の天候とは関係なく一定で、ここではいつも同じ明るさが保たれている。
机の上に、ひとつの封筒が置かれた。
「……調査兵団からだ。」
差し出された書類に男は指先で触れるだけで、中身を確認する。
形式は、正確。文言は、簡潔。余分な感情は、一切ない。
——調査兵団団長、エルヴィン・スミス。
署名は、確かに本人のものだった。
「憲兵所属兵士、ユニ・クライン。壁外調査への随行任務、継続要請……?」
一枚、また一枚。
最後に、"正式な転属を視野に入れた出向継続"という文言を見つけ、男は鼻で笑った。
「……随分と、手元に置きたがる。」
部屋の空気が、僅かに動く。
別の男が言う。
「壁外調査で使えると判断したんでしょう。あの団長らしい。」
「使える、か。」
椅子に深く腰を下ろし、男は指を組む。
「中央が管理してきた人間だ。5年だぞ。今さら、手放せと?」
言葉には苛立ちよりも——所有意識が滲んでいた。
「拒否しますか?」
問いかけに、男は即答しない。
書類を、もう一度見下ろす。
命令ではない。要求でもない。
——"要請"。
それが、余計に腹立たしい。
「……いや。」
ゆっくりと、口を開く。
「今回は、保留だ。」
部下が、わずかに眉を動かす。
「保留、ですか。」
「エルヴィン・スミスは、正面から奪いに来る男じゃない。こちらが"拒否する理由"を、自分から用意させる。」
書類を、机の端へ寄せる。
「——泳がせろ。」
その一言で、決まった。
ユニ・クラインという存在は、まだ中央の管理下にある。
けれどその糸は、確実に——張り替えられつつあった。
調査兵団団長の手によって。
そしてそれを自覚していないのは、当の本人だけだった。