第1章
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朝の空気は、まだ冷えている。兵舎の中は、どこか落ち着かない。
荷をまとめる音、短い会話、足早な足音。調査兵団が本部へ戻る準備を、確かに始めている。
私はその流れから少し外れた場所——リヴァイ兵士長の執務室へ向かった。
中では、すでに紙を捲る音がしている。
机に向かう背中は、昨日までと何も変わらない。
いつも通りの姿勢。いつも通りの集中。
私は数歩進み、邪魔にならない位置で立ち止まる。
「……何だ。」
視線は書類に落ちたまま。それでも、気配には気づいている。
「少し、お時間をいただきたくて。」
一拍。
紙を揃える音が止まり、ようやくこちらを見る。
「団長室へ行きます。」
端的に告げる。
「私の、今後の件で。」
それだけで、伝わる内容だった。
リヴァイ兵士長は何も言わない。ただ、こちらを見る。
私は一拍置いてから続けた。
「……同席を、お願いできますか。」
リヴァイ兵士長は、すぐには答えない。視線を戻し、短く息を吐く。
「……俺がいる必要があるか。」
事務的な問い。感情を含ませない声。
それでも——私は、少しだけ言葉を選んでから口を開く。
「私が……いてほしいんです。」
理由は言わない。説明もしない。ただ、そう伝える。
沈黙。ほんの数秒。
けれど、私には長く感じられた。
やがてリヴァイ兵士長は小さく書類を置き、椅子の背にもたれる。
「……そうか。」
それだけ。否定も、追及もない。
「時間は。」
「今から、です。」
「分かった。」
短く頷き、立ち上がる。それ以上の言葉はなかった。
けれど——その背中を見て、私は確信する。
——この人は、隣に立つ事を許してくれた。
私は一歩後ろを保ち、リヴァイ兵士長の動きに合わせて歩き出す。
調査兵団が本部へ戻る、その前日。
答えを告げる朝が、静かに、動き始めていた。
団長室は、朝の光が斜めに差し込んでいた。
机に向かっていたエルヴィン団長が、顔を上げる。
「入れ。」
私は一歩前に出て、静かに告げる。
「失礼します。」
すぐ後ろに、ひとつの気配。
エルヴィン団長は一瞬だけ、目を細めた。
「……リヴァイも来たのか。」
「私が、お願いしました。」
私はそう、はっきりと答える。
エルヴィン団長はそれ以上何も言わず、私達を室内に招き入れる。
余計な前置きはない。机に指を組み、真正面からこちらを見る。
「答えは出たか。」
空気が、静かに張りつめる。
私は一度、息を吸った。
視線は逸らさない。
「……はい。」
言葉を選ぶ。慎重に、けれど迷いなく。
「憲兵へ、戻るつもりはありません。」
断定ではない。しかし、後退もない言い方。
「引き続き、調査兵団への出向継続を、希望します。」
一拍。
それでも、まだ終わらない。
「……可能であれば……、」
ほんの僅か、声が低くなる。
「正式に、調査兵団への転属を──ご検討いただけないでしょうか。」
その瞬間。
「……その選択を、後悔するな。」
低い声が、横から落ちた。
リヴァイ兵士長だ。
視線は、まっすぐこちらに向けられている。感情を煽る言葉ではない。引き止めでも、背中を押すでもない。ただの、事実の確認。
私は、短く頷いた。
「はい。」
即答だった。
エルヴィン団長はそのやり取りを静かに見届けてから、口を開く。
「君が置かれている立場は、分かっているな。」
「はい。」
「中央が、簡単に手放すとは思えない。」
「……承知しています。」
それでも、私は目を伏せなかった。
「それでも、私はこの場所で、やるべきことがあると考えています。」
エルヴィン団長は、僅かに口角を上げた。
「なるほど。」
机に置いた書類に、指を添える。
「数日中に本部へ戻る。その後、正式な手続きを始めよう。」
断言ではない。だが、拒絶でもない。
「交渉は、こちらで引き受ける。」
それは、団長としての言葉だった。胸の奥で、何かが静かにほどける。
「……ありがとうございます。」
深く、頭を下げる。その隣で、リヴァイ兵士長は何も言わない。ただ、立っている。
話は終わった。
最後にもう一度一礼してから、団長室を後にした。
扉を閉める。
その音が思ったよりも小さくて、それだけで少し、肩の力が抜けた。
隣には、リヴァイ兵士長。
団長室を出たあとも、距離は変わらない。一歩分、斜め後ろ。
廊下には、朝の気配だけが流れている。
しばらく、言葉はなかった。足音だけが、静かに並ぶ。
——もう、答えは告げた。
取り消す事も、言い直す事もない。
「……いいのか。」
不意に、低い声。
歩調は緩めない。視線も、前のまま。ただ、それだけを確認するように。
私は、少しだけ間を置く。
考えるための間ではない。言葉を、落ち着かせるための間。
「はい。」
短く、はっきり。それで終わりかと思った。
けれど——
「後悔するな。」
今度は、断定だった。警告でも、脅しでもない。
選んだ道の先を、真正面から見ろ、という声音。私は思わず、リヴァイ兵士長を見る。
横顔は、いつもと同じ。硬く、無駄がない。
でもその言葉が、私の選択を"認めた"ものだと、はっきり分かる。
「……はい。」
それ以上の言葉は、必要ない。説明も、確認も。
廊下の先で、兵士達の気配が少しずつ濃くなる。
本部へ戻る準備。いつもの日常へ戻るための、ざわめき。
リヴァイ兵士長は、一度だけ足を止める。
ほんの一瞬。
そして私の立ち位置を視線で確認するように、横目でこちらを見る。
「……離れるな。」
短い言葉。命令とも、忠告とも取れる声音。けれどその視線が向いている先で、それが"位置"の話だと分かる。
私は反射的に、自分の足元を見る。
——今は一歩分、斜め後ろ。
いつもの距離。無意識に選んでいた位置。
ほんの一瞬、迷う。
ここでいいのか。それとも——
私は、恐る恐る視線を上げる。リヴァイ兵士長は、何も言わない。ただ、こちらを見ている。
急かさない。促しもしない。けれどその視線が、答えを許している。
私は小さく息を吸い、一歩、前へ出る。肩が並ぶ位置。
近い。
思っていたよりも、ずっと。
立ち止まったまま、もう一度だけ、横を見る。確認するように。ここで、合っているかを。
リヴァイ兵士長はほんの一瞬、視線を寄越す。
それだけ。
頷きも、言葉もない。
——それでいい。
そう告げる代わりに、何も言わず、歩き出す。
私はその動きに合わせて、同じ速度で歩き出した。
廊下を進む足音が、二つ並ぶ。
ずれない。離れない。
それだけのことなのに、胸の奥が、静かに落ち着いていく。
私は今、この人の隣を歩いている。
それをもう疑わなくていいのだと——身体の方が、先に理解していた。