第1章
夢小説設定
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身支度を整え終え、最後にベルトを締め直す。
深く息を吸って、吐く。身体は、もう目を覚ましていた。視線が、自然と寝床の端へ流れる。
畳まれて置かれた、あのジャケット。
焚き火の前。眠りに落ちる直前。背中にかかった、重み。冷え切る前に、覆われた感覚。静かで、余計な言葉のない気遣い。
……温かかった。
布そのものじゃない。火の熱でもない。
思い出すだけで、胸の奥にゆっくりと熱が戻ってくる。
思い出すだけで、胸の奥が少しだけざわつく。
……考えすぎだ。
そう自分に言い聞かせながら、私はジャケットを手に取った。
周囲では、野営地がゆっくりと動き出している。
起き出す兵士たちの足音。装備を確かめる音。朝の空気が、少しずつ現実を取り戻していく。
……よし。
今なら、行ける。
小さく息を吐いて、私は立ち上がった。
少し離れた場所。装備を確認していたその人の前で、立ち止まる。
「……リヴァイ兵士長。」
呼びかけると、リヴァイ兵士長は顔を上げる。
表情はいつも通りで、特別な色はない。
私は、両手でジャケットを差し出した。
「昨夜は……、」
一瞬、言葉に詰まる。それでも、続けた。
「ありがとうございました。」
言い切って、頭を下げる。
返事はない。
リヴァイ兵士長は、何も言わずにそれを受け取った。手際は簡潔で、無駄がない。
受け取ってから、ようやく視線だけがこちらに向く。
「……休めたか。」
短い問い。
「はい。」
即答だった。迷いも、誤魔化しもない。
リヴァイ兵士長は、それ以上深くは聞かない。ジャケットを手にしたまま、僅かに視線を外す。
「ならいい。」
それだけ。
それから、付け足すように低く。
「無理はするな。外じゃ、取り返しがつかねぇ。」
注意とも、忠告ともつかない声。
「……はい。」
今度は少しだけ強く、そう答えた。
リヴァイ兵士長は、それ以上何も言わない。もう、次の確認へ意識を戻している。
私は一歩下がり、踵を揃える。
返したはずなのに、胸の奥にはまだ、あの温かさが残っていた。
それを振り切るように、私は前を向く。
——今日も、進む。
壁の外で、やるべき事は、はっきりしている。それだけを、考えればいい。
進軍が再開される。
合図は簡潔で、隊列はすぐに伸びた。
野営の名残は空気の奥に薄く残るだけで、誰もそれを引きずらない。
私は前を見据え、馬の歩調を合わせる。
……少しだけ。
ほんの僅かに。合図より早く、脚に力が入った。
馬が半歩、前に出かける。
——まずい。
気づいて、すぐに力を抜く。進路も速度も、即座に修正する。
誰かにぶつかることも、隊列を乱すこともない。
……大丈夫。
そう思った瞬間。
何も、言われない。
叱責も、注意も、合図のやり直しもない。
ただ、隊列はそのまま進み続ける。
胸の奥で息を詰めかけて、ゆっくりと吐き出す。
視線は、前。なのに——
視界の端に、揺れないマントの裾が入った。
緑色。
風を受けても、無駄に煽られない。
いつの間にか前を走るその背が、さっきより近い。
近すぎるわけじゃない。守るようでも、監視するようでもない。ただ、離れていない距離。
……あ。
そこでようやく、自分がさっき一瞬だけ前に出かけたことを思い出す。
何も言われなかった。ただ、距離が詰められただけ。
胸の奥が、きゅっと縮む。
馬の耳が揃う。蹄の音が、一定になる。
私は無意識に、さっきよりも呼吸を整えていた。
前を見る。合わせる。乱さない。
背中は、近いまま。
それだけで不思議と、緊張が行き過ぎない。
壁の外は変わらず危険で、判断を誤ればすべてが終わる場所だ。
それでも今は、前を走るその背を、必要以上に気にしなくていい。
隊列は、静かに進む。色も、音も、最小限のまま。
その中で私は確かに——
一人で立っているわけじゃなかった。
隊列が、徐々に畳まれていく。
号令は短く、動きに無駄はない。
それぞれの列が役割を終え中央へと収束していく流れの中で、私は指示された位置に馬を寄せた。
任務中のリヴァイ兵士長は、昨日と何一つ変わらない。
声は低く、言葉は必要最低限。視線は前だけを捉えている。
近づこうとも、離れようとも思わせない。
完全に「兵士長」だ。
馬を降りる合図が出る。
脚が地面に着いた瞬間、張り詰めていたものが僅かに緩む。
息を吐く。それだけの、ほんの一瞬。
その時だった。
視界の端に、揺れないマントの裾が入る。
気づけば前を走っていたその背が、さっきより近い。
詰めたわけじゃない。呼ばれたわけでもない。
ただ流れの中で、自然とそうなっていた。
立ち止まる。装備を確かめる。
その間リヴァイ兵士長は、何も言わない。こちらを見もしない。
けれど、動かない。一歩も離れない。
……あ。
胸の奥で、小さく理解が落ちる。
ここだ。
今は、ここに立っていればいい。
昨日の焚き火の前と同じだ。
言葉はない。視線も、ほとんど合わない。
それでも、距離だけが残っている。
任務中は兵士長。
冷たくて、短くて、無駄がない。
でも馬を降りた直後。一息つく、この間だけ。
昨日と同じ場所に、同じ距離で立っている。
私は、それを当然のように受け取った。
近づきすぎない。離れすぎない。
守られている、とは思わない。甘やかされている、とも違う。
ただこの位置が、今の自分の居場所だと分かる。
やがて、次の動きの指示が飛ぶ。
リヴァイ兵士長は、何事もなかったように前へ出る。
距離は、また任務の形に戻る。
それでも——夜の焚き火はもう消えているのに。
あの時間は、言葉じゃなく"立ち位置"として——
確かに、残っていた。