第1章
夢小説設定
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焚き火の音が、一定の間隔で弾けている。
ぱち、ぱち、と、乾いた音が夜に溶けていく。
私はその前に腰を下ろしたまま、しばらく何も考えずに火を見ていた。
考えようとすると、黒い煙の立ち上がりや、音のない緊張や、息を詰めた時間が……すぐに戻ってきそうだったから。
だから、ただ、見る。
揺れる火。明るいところと、暗いところ。一定じゃない動き。
……それで、十分だった。
ふと人の気配が増えた気がして、視線だけを、少し横へやる。
いつの間にかすぐ近くに、リヴァイ兵士長がいた。
声もない。足音も、記憶にない。ただ、そこにいる。
焚き火から少し離れた位置で、立ったまま周囲を見渡している。
近すぎない。遠すぎもしない。
任務中と休息の、ちょうど境目みたいな距離。
私は反射的に背筋を伸ばしかけて、
——やめた。
今は、いい。
そう思って小さく息を吸ってから、口を開く。
「……お疲れさまです。」
声は、自分でも驚くほど静かだった。
リヴァイ兵士長はこちらを見ないまま、ほんの一瞬だけ、顎を引く。
それだけ。
返事とも、合図とも言えない仕草。
でも「聞こえた」。
それだけは、はっきり分かった。
それ以上、言葉は続かない。
私は、また焚き火に視線を戻す。彼も、何も言わない。
ただ、同じ火を見ている——ような、気がした。
頭は、重い。思考は、ゆっくりで、鈍い。
でも、それでいい。
今日一日、ちゃんと走った。ちゃんと、戻った。
今はもう、それ以上、整理しなくていい。
焚き火が、静かに揺れる。
そのそばに、何も言わずに立っている人がいる。
それだけで、胸の奥の張りつめたものが少しずつ、ほどけていくのを感じていた。
——————————————————
焚き火の前に、ユニは膝を抱えてしゃがみこんでいた。背中を丸めて、できるだけ小さくなるように。さっきから、その姿勢がほとんど変わっていない。
……動かなすぎだろ。
初めての壁外調査だ。緊張も、疲労も、想像はつく。
それでもここまで動かないのは——さすがにおかしい。
足音を殺し、焚き火の向こう側へ回る。
距離を詰めても、ユニは反応しない。
「……お疲れ様です。」
小さな声。それきり、返事はない。
焚き火のはぜる音だけが、間に落ちる。
俺はそのまま、少しだけ身を屈めた。小さく丸まった背中越しに、そっと顔を覗き込む。
……寝てやがる。
瞼はきれいに閉じられている。呼吸は浅く規則的で、意識だけがすとんと落ちた状態だ。
……限界だったか。
無理もない。今日一日、気を張り続けていた。
それを今さら起こす理由はない。
短く息を吐く。
自身のジャケットを脱ぎ、音を立てないようにそっと広げた。
肩から背中へ。焚き火の熱を遮らない位置で、落ちない程度に、かける。
それだけだ。
触れたのは、一瞬。重さを乗せることもない。
「……ここで寝るんじゃねぇ。」
言葉は、低く。起こすためじゃなく、ただ、そう思ったから落としただけの声。
ユニは、動かない。
眠りは、深い。
それ以上何もしない。
立ち上がり、視線を焚き火から外す。
守るためでも、見張るためでもない。
ただ、今はこれでいいと判断しただけだ。
焚き火の音が、変わらず鳴っている。
壁の外の夜は、静かで、長い。
そしてその中で小さく丸まった部下は——
今日を、ちゃんと生き延びていた。
焚き火が、少し低くなった。
薪が崩れ、火の位置が変わる。それでも、ユニは動かない。
……まだ起きねぇか。
焚き火から視線を外し、再び、しゃがみ込んだ背中を見る。
肩にかけた上着は、ずれずにかかっている。呼吸も、乱れていない。
——深い。
思った以上に。
このまま放っておくわけにはいかない。夜は冷えるし、ここは通路でもある。
寝るなら、向こうだ。
判断は、迷わなかった。
声を落とす。
「……おい。」
反応は、ない。
ほんの少しだけ、間を置いてから。
「ユニ。」
今度は、名前を呼ぶ。
ぴくり、と。肩が、ごく僅かに動いた。
それでも、顔は上がらない。
「……ここで寝るな。」
低く、静かな声。叱るほど強くもなく、起こすためだけの音量。
数拍遅れてユニが、もぞ、と動いた。
「……ん……。」
小さく、掠れた声。
顔を上げかけて途中で止まり、また、膝に額を預ける。
——寝惚けてる。
「……あ。」
ようやく、焦点が合い始める。
「……すみません……。」
状況を理解するより先に、反射で出た言葉だった。
声が、眠気に沈んでいる。
俺は、それを咎めない。
「いい。」
短く、切る。
「寝るなら、向こうだ。ここじゃ、体が休まらねぇ。」
ユニは一瞬だけ考えるように黙り、それから、ゆっくりと頷いた。
「……はい……。」
立ち上がろうとして、少しだけふらつく。
完全に覚めていない。
俺は、手を出さない。だが、距離は詰める。
倒れない位置。支えなくていい、ぎりぎりの距離。
「……行けるか。」
「……行けます……たぶん……。」
自信のない返事。だが、足は前に出た。
焚き火から離れ、簡易の寝床がある方へ。
夜の空気は、冷たい。それでも、ユニの歩みは止まらない。
背中にかかったジャケットは、そのままだった。
外そうとする素振りも、気づいている様子もない。
——今日は、よくやった。
それを口にはしない。ただ、歩調を合わせる。
それだけで、今は十分だった。
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簡易寝床に腰を下ろした、その時だった。
肩から、するりと何かが落ちる。
次の瞬間、ばさり──と足元から、布の落ちる音。
反射的に、視線を落とす。
足元に落ちているのは、見慣れた色のジャケット。
一拍遅れて、背中が軽くなった事に気づく。
肩口を確かめて、瞬きをした。
……着てる。
自分の制服だ。ちゃんと、着たまま。
じゃあ——これは……?
拾い上げようとして、視覚が自動的に情報を拾う。
少し、大きい。袖も、肩幅も。身体に当てるまでもなく、分かる。
そして── 調査兵団の紋章。
翼。刺繍。
一瞬、頭が追いつかない。
一拍遅れて、心臓がどくんと音を立てた。
──リヴァイ、兵士長の…。
一気に、意識が覚醒する。
いつ。どこで。どうして。
思い返すより先に、顔が熱くなる。
——返さなきゃ。
反射的に、立ち上がろうとする。勢いがつきすぎて、寝床が僅かに軋んだ。
その瞬間になってようやく、自分がどれだけ眠っていたかを思い知る。
焚き火の前で。膝を抱えて。動かないまま。
そこまで辿り着いて、ようやく理解が追いつく。
——かけてくれたんだ。
起こさず。声を荒げず。そのまま、そっと。
……ここで寝るな。
胸の奥が、きゅっと縮む。
恥ずかしさと、気づかなかった自分への情けなさと、それから——
言葉にしづらい、何か。
……明日、返そう。
そう思いながら、もう一度深く息を吸った。
壁の外の夜は、静かだ。
そして私は、確かに——守られて、眠っていた。