第1章
夢小説設定
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3日目の朝は、思ったより静かに来た。
痛みは、もう主張しない。消えたわけじゃない。ただ、身体の奥に引っ込んでいる。動かそうと思えば、動く。止められている感じは、ない。
私は布団の中で、一度だけ肩を回した。違和感はある。だが──引っかかりは、ない。
……大丈夫だ。
誰かに聞かれたわけでも、許可を求められたわけでもない。自分で、そう判断した。
支度を整え、部屋を出る。廊下に出た瞬間、遠くから聞こえてくる音で、訓練が始まっている事が分かった。
金属の擦れる音。地面を蹴る衝撃。短い号令。
3日ぶりの、音。
足が、自然とそちらへ向く。
訓練場に近づくにつれて、空気が変わる。
張り詰めた気配。集中した視線。
戻ってきた、というより、踏み込んだ、に近い感覚だった。
数人が、こちらに気づく。一瞬だけ動きが鈍るが、すぐに戻る。誰も、声はかけない。
私は、端で立ち止まり、
訓練場全体を一度、目に入れた。
そして。
「……もう、動けるのか。」
低い声が、横から落ちてくる。
視線を向けると、そこにいたのはリヴァイ兵士長だった。立体機動装置を調整しながら、こちらを見ている。表情は、いつも通り。近づいてもこない。
私は、一歩だけ前に出る。
「はい。」
短く息を吸って、続けた。
「今日から、訓練に戻ります。」
一瞬の間。
リヴァイ兵士長は、私をじっと見た。
肩。姿勢。重心。
余計な事は言わない。ただ、確認するだけの視線。
それから──
「……そうか。」
それだけだった。
止めも、突き返しもない。許可でも、命令でもない。
彼はそれ以上こちらを見ず、訓練場へと視線を戻す。
「…肩、回しとけ。」
振り返らない。誰を見ているわけでもない。命令とも、注意ともつかない一言。
「続けるぞ。」
短い号令が落ちた瞬間、張り詰めていた空気が、一斉に動き出す。金属音が重なり、足音が走る。訓練場が、本来のリズムを取り戻していく。
私は、その中で一拍だけ呼吸を整えた。
──戻ってきた。
そう思った瞬間、胸の奥に、静かな実感が落ちる。
止まっていた時間は、無駄じゃなかった。休んだ事も、迷った事も。
全部含めて今は──線の途中だ。
肩を回し、装置に手をかける。確かめるように、もう一度。それから、踏み出した。
訓練が始まると、すぐに分かる。
——思った通りには、動かない。
一つ目の動作で、身体が遅れる。
角度は合っているのに、踏み込みが浅い。頭では分かっているのに、反応が一拍遅い。
……くやしい。
歯を食いしばるほどではない。だがはっきりと、胸の奥に残る。
それでも。
完全に戻っていないだけで、崩れているわけじゃない。
昨日よりは動く。3日前よりは、確実に。
——戻ってきている。
その感覚が、悔しさの中に静かに混ざる。
無意識に、視線が訓練場の端へ向いていた。リヴァイ兵士長はいつも通りの距離で、訓練全体を見ている。
こちらを見ていない。呼び止めもしない。声も、飛んでこない。
……何も、言われない。
それだけで、胸の奥が少しだけ緩んだ。
悪くは、ない。
少なくとも、止められる動きではない。
そう、思った。
思ってしまった。
次の動作に集中しながら、ふと、その感覚に引っかかる。
——安心?
なんで今、安心したんだ。
訓練が一区切りついた後、装置の整備をしながら、その感覚が遅れて浮かび上がってくる。
リヴァイ兵士長が、何も言わなかったから。
それを「大丈夫」だと、受け取ったから。
……どうして。
誰かに評価を求めたつもりはない。判断は、自分でしたはずだ。
それなのに。
「何も言われない」事を「悪くない」と感じたのは——
私が無意識に、あの人の基準を頼りにしているからだ。
工具を置く手が、少しだけ止まる。
……いつから。
考えても、答えは出ない。ただ、ひとつだけ分かる。
今日ここに戻ってきた判断は、間違っていなかった。
その確認を自分だけじゃなく、あの人の沈黙にも預けてしまった。
それがリヴァイ兵士長の事になると形にならないまま、胸の奥に引っかかり続けていた。