第1章
夢小説設定
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少し離れた位置から、訓練場を見渡す。
空中を切るワイヤーの音。ガスの噴き出す間隔。兵の数だけ、癖がある。
その中で──あいつの軌道は、やっぱり静かだ。
派手に飛ばない。距離を欲張らない。無駄に速度を上げない。
──変わってねぇ。…いや。変わった、か。
昨日より、迷いが短い。選んでから動くまでの間が、詰まってる。高く取った位置から、次を見てる。頭で探してない。視界で、拾ってる。ワイヤーを切り替える音が、一定だ。呼吸も乱れてねぇ。
着地。衝撃を殺す膝の使い方。身体が、勝手に覚えてる動きだ。
──戻ってきてやがるな。
評価は、まだ早い。実戦じゃねぇ。ここは訓練場だ。だが──壊れてはいない。鈍ってただけだ。
あいつは一度、グリップを見下ろした。握り直すでもなく、確かめるだけ。それで、次に行く。……いい判断だ。
俺は、それ以上近づかない。声もかけない。今は、見られてると意識させる必要もねぇ。
背を向ける前に、もう一度だけ軌道を追う。
昨日より、高い。昨日より、迷わない。それで、十分だ。
生きて戻るための感覚は、もう、動き始めてる。
俺は訓練場を離れた。
ワイヤーの音は、まだ続いている。
廊下の突き当たり。扉の前で足を止めると、中から低い声が聞こえた。
「入れ。」
……ノックは、いらねぇらしい。
部屋に入ると、机に向かっていた男が視線を上げる。
──エルヴィン・スミス。
書類を一枚、脇に退ける仕草。それだけで、こちらの用件を察した顔だ。
扉を閉め、数歩進む。視線が合う。
「今日は、昨日より高かった。」
先に、口を開く。
エルヴィンは、わずかに眉を動かした。
「視野を取れる位置まで上がれた、という事か。」
「あぁ。判断は、まだ遅い。だが見える情報が増えれば、選択は合ってくる。」
一拍。
「それと──」
言葉を継ぐ。
「体が柔らかい。旋回が小さい。」
エルヴィンの視線が、わずかに鋭くなる。
「…つまり?」
「巨人の間合いを抜ける動きだ。」
断定だ。
「手を振らせても、軌道がぶれねぇ。隙間を抜けるのに向いてる。」
少しだけ、間を置く。
「……あいつ自身が自覚してるかは知らねぇが。…いや、してねぇだろうな。」
エルヴィンは、椅子に深く座り直した。
「技量ではなく、身体の使い方そのものか。」
「そうだ。教え込んだ動きじゃねぇ。感覚と、叩き込んだ結果だ。」
「5年の空白があっても、残っていると。」
「残ってる。」
迷いはない。
「だから、潰さねぇ。潰させねぇ。」
エルヴィンは、静かに頷いた。
「了解した。君がそう判断するなら、私も急がせない。」
一瞬、視線が和らぐ。
「ただし──」
「分かってる。」
エルヴィンが何を懸念しているのかくらい、俺にも分かる。
「使う段階に入ったら、容赦はしねぇ。」
「それでいい。」
それ以上の言葉はいらなかった。
俺は踵を返す。扉に手をかけたところで、背後から声が落ちる。
「……君が直接見に行くのは、珍しいな。」
一瞬、足を止める。
「仕事だ。」
「随分、細かく見ている。」
「細かく見るのが仕事だろうが。」
それだけ言って扉を閉めて、廊下に戻る。
あとは──実戦で、確かめるだけだ。
訓練用の標的は、巨人を想定した配置だ。
高さ。死角。逃げ場を塞ぐように張られたワイヤー。素直に行けば、詰む。
俺は腕を組んだまま、動かない。
ユニは一瞬だけ、足を止めた。
──判断してる。
悪くないが遅いと、さっき言った。
だが、次の瞬間。
真正面に行かない。大きく回らない。
身体を沈めるように捻り、"空いている場所"へ、滑り込む。
──そこか。
標的の内側。最も距離が近く、最も危険な間合い。普通は、避ける。だがユニは距離を詰めることで、相手の動きを殺した。
旋回は小さい。ワイヤーの張り直しも最小限。空中で、身体が一度も流れない。
……抜けたな。
巨人の腕を想定した可動域。そこを、掠めるように──いや、潜った。
着地。衝撃は浅い。音が、静かだ。周囲の兵が、一拍遅れて動きを止める。俺は、息を吐いた。
訓練だ。実戦じゃない。だが、これで証明された。これは確かに、生きる動きだ。
ユニは自分が何をしたのか分からない顔で、一度だけ周囲を見回した。
成功した実感より、"通れた"という感覚だけが残っている。それでいい。
分かってから使うんじゃねぇ。生き残ったあとで、理解すりゃいい。
俺は、その背中から視線を外す。今は、まだ言わねぇ。だが、はっきり見えた。
あいつは──間合いの中で、死なない。
訓練でも、それがもう形になっている。
着地の音が、妙に軽い。訓練場の空気が、一拍遅れて戻ってくる。
ユニは、その場で動きを止めた。
息を整えるでもなく、達成感に浸るでもなく、ただ、首を傾げる。
……今の、何だったんだ。…そんな顔だ。
自分の足元を見る。次に、壁を見る。ワイヤーの伸びた軌道を、目でなぞる。
理解が追いついていない。
それでいて、身体だけは"通れた"と覚えている。
悪くねぇ。
そして──視線が、こちらに来た。
無意識だ。答えを求めたわけでもない。ただ、確認する癖が出ただけ。
俺は腕を組んだまま、動かない。視線も返さない。評価もしない。否定もしない。
今、言う言葉はねぇ。
ユニは一瞬だけ戸惑い、それから、視線を逸らした。
……それでいい。
分からなくていい。分からないまま、もう一度やれ。考えるな。同じ場所を、同じ感覚で通れ。
訓練でできるなら、実戦でも──理屈より先に、身体が選ぶ。
俺は、ようやく目を伏せる。
今のは──巨人の間合いを、抜ける動きだ。
だが、それを知るのは生き残ったあとでいい。今はまだ、訓練で生きた瞬間に過ぎねぇ。
ユニは何も言われないまま、もう一度グリップを握り直した。それで、十分だ。