第1章
夢小説設定
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ワイヤーの音が、先に耳に入った。
乾いた金属音。反動を受け止める脚の動き。空中で一瞬、重心がぶれる。
──鈍ってる。
だが──次の瞬間、体をひねって立て直す。壁を蹴る角度は正確だ。無駄な力は使っていない。
「……。」
俺は腕を組んだまま、視線だけで追う。ユニの立体機動は、小さい。旋回も、距離の詰め方も、必要最低限。派手さはないが、余計な動きがない。
きっと訓練兵の頃の癖だ。死なないために、削った動き。
ただ──判断が、半拍遅い。
次に行くべき位置を選ぶまでに、わずかな迷いがある。本来なら反射で出るはずの選択肢を、一度思考に通している。
5年。憲兵団。
──当然だ。
それでも、空中での姿勢制御は崩れていない。着地も静かだ。体が、覚えている。努力で叩き込んだもんは、簡単には抜けねぇ。
ワイヤーを外し地面に降り立ったユニは、自分の手を一度だけ見下ろした。悔しさを噛み殺す時の、あの仕草。
──自覚してやがるな。
それでいい。できない理由を外に探さず自分の中に落とす人間は、伸びる。
俺は距離を詰める。
近くで見ると、呼吸が少し速い。だが、乱れてはいない。
「あの、何か…、」
言い切る前に、口を開く。
「次、壁を選ぶ時だ。」
短く、指で示す。
「高さを見るな。逃げ道と、次に飛べる方向を先に拾え。迷ったら、近い方を捨てろ。遠い壁の方が、状況は開く。」
それだけ。評価もしない。説教もしない。訓練だが、実戦向けの最低限。
ユニは目を瞬かせてから、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「…はい。」
俺はそれ以上続けず、一歩引く。
ユニは一拍遅れて、装置に手をかけた。さっきより、視線が先を見ている。
──いい。
今は、それでいい。
判断は実戦でしか戻らねぇ。感覚は、死線でしか研がれねぇ。ここに立ってるって事がその前提を、もう通過してる証拠だ。
俺は踵を返す。
背中で聞こえる、再び放たれるワイヤーの音。さっきより、少しだけ迷いが減った。
──壊れてない。
だったら、あとは──生きて、使え。
訓練場の端。
人が引いたあとに残るのは、金属の匂いと、静けさだけだ。
ユニは立体機動装置を外し、腰を落として整備を始めていた。
──まだやってるのか。
俺は足を止める。
ワイヤーを一本ずつ引き出し、布で拭き、指で撫でて、噛み合わせを確かめる。ガスの接続部も刃の固定も、ひとつも飛ばさず、順に。丁寧すぎるくらいだ。
だが、無駄がない。手順が、完全に体に染み付いている。
……嫌いじゃねぇ。
「随分、念入りだな。」
声をかけると、
ユニの肩が僅かに揺れた。それでも、手は止めない。
「……命に、関わりますから。」
当たり前のことを言う口調だった。だから、間を置かずに返す。
「その判断は、正しい。」
ユニの手が、一瞬だけ止まる。顔は上げない。俺は視線を、装置に落とす。
磨かれた金属。擦り減りの少ないワイヤー。使われてはいるが、使い潰されてはいない。
──あぁ。
口が、先に動いた。
「丁寧すぎる割に、減ってねぇな。」
言ってから、気づく。余計だ。評価でも、指摘でもねぇ。今、言う必要はない。
ユニは何も言わなかった。否定もしない。ただ、拭いていた布を握り直す。
……。
俺は一歩、下がる。
「……余計な事を言った。気にするな。」
それだけ置いて、踵を返す。背後で、再び布の擦れる音がする。
さっきと同じ。いや──少しだけ、力の入った音。
……問題ねぇ。
命に関わると理解してる奴は、生き残る。
それだけだ。