第1章
夢小説設定
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夜の食堂は、人の気配が薄くなっていた。
向かいに座ったナナバは、すぐには話さない。その沈黙が、妙に懐かしい。訓練兵の頃も、そうだった。言葉を急がず、私の呼吸が落ち着くのを待つ人。
同じ訓練を受け、同じ空を見上げて、同じ夢を口にした3年間。あの時間の中では、ナナバは、誰よりも近くにいた。
視線を向けられて、胸の奥がわずかに緩む。理由は分からない。ただ、覚えている。
「……覚えてる?」
不意に落とされた声に、心臓が小さく跳ねた。問いかけは短いのに、返事をする前に、思い出が先に溢れそうになる。
ナナバは続ける。
「訓練兵時代、君が話してくれた、夢の事。」
胸の奥が、はっきりと揺れた。
壁の向こうの空は、どこまで続いているのか。
川はどこから来て、どこへ行くのか。
誰にでも話したわけじゃない。軽い憧れとして笑われるのが、怖かったから。
それを、ナナバには話した。夜の営舎で、消灯後に、小さな声で。
私は、少し遅れて口を開く。
「……覚えてたの?」
驚きと、確かめる気持ちが混じった声。
ナナバは迷いなく頷く。
「もちろん。」
あまりにも自然で、拍子抜けするほど。
「私と一番仲が良かったのは、君だろ?」
その言い方に、胸の奥がきゅっと締まる。
否定も、誇張もない。事実をそのまま置かれただけなのに。
5年分の距離が、一瞬だけ、元の形に戻った気がした。
ナナバは視線を上げ、窓の外の暗さを見る。
「空はね、どこまでも続いてる。」
語り聞かせるでもなく、確信だけを含んだ声。
「川だって、まだ終わりは見えてない。」
その言葉に、私は息を吸う。
怖さも、不安も、全部消えたわけじゃない。
でも──あの頃と同じ場所に、確かに立っている。
「……私は…、それを確かめるために、ここに……。」
短い言葉。削ぎ落とした分だけ、嘘はなかった。
ナナバは、それ以上踏み込まない。
「そっか。」
小さく頷くだけ。それが、ありがたかった。
「話したくないことは、無理に言わなくていい。」
声は静かで、やわらかい。
「昔のままでも、今のままでも、君が君なのは変わらないから。」
立ち上がり、去り際に一度だけ振り返る。
「……同じ空を見てるって事だけ、分かってれば十分だ。」
その背中を見送りながら、胸の奥に、懐かしい温度が残る。それは、過去に戻りたい気持ちじゃない。ただ──戻れる場所が、まだ残っていると知った安心だった。
翌朝の食堂は、早い時間からざわついていた。食器の音。眠りきらない声。昨日までと変わらないはずの朝。
──なのに。
列に並んでいる途中で、ふと視線を感じて顔を上げる。向こうの卓で、ナナバと目が合った。
一瞬。ほんの一瞬だけ、間が空く。
それからナナバは何も言わずに、微笑んだ。訓練兵の頃と同じ、静かな表情で。
胸の奥が、きゅっと鳴る。
私は反射的に、ぎこちなく手を上げる。指先だけの、小さな動き。手を振ったと表現するには、あまりにも硬い動きだった。それでもナナバはそれを見て、ほんの少しだけ、目を細めた。
それだけ。
会話はない。近づきもしない。
けれど確かに──分かっている、という合図だけが、朝の中に残った。