第4章
夢小説設定
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通りの向こうに、見覚えのある建物があった。
憲兵団トロスト区支部──だった場所。
私は足を止め、一定の距離を保ったまま、外からそれを眺める。
外壁は崩れ、窓は割れ、補修のための木材が無造作に打ち付けられている。
ここで私は、5年を過ごした。
調査兵団に来るよりも前。壁が破られる、ずっと前から。
規則に従い、秩序を守り、街の内側で、人を守る仕事。
危険はあった。でも世界はまだ、壊れていなかった。
あの頃の私は、この壁の内側がずっと続くものだと思っていた。
──思っていた、だけだ。
2回目の壁外調査。調査兵団として、外に出ていた日。
その間に、壁は破られた。
私が背を向けていた間に、ここは戦場になった。
憲兵団として、守ってきた街が。静かだった日常が。
あっさりと、現実に飲み込まれた。
私は、息を吐く。
懐かしさはある。痛みもある。
でも、後悔はなかった。
私は逃げなかった。目を逸らさなかった。壁が破られた後も、外へ出る道を選び続けた。
調査兵団に残り、現場で判断し、責任を引き受ける側に立った。
守られる内側から、戦う外側へ。
あの5年は、私にとって穏やかで、大切な時間だった。
でも──それは、終わった。
終わったからこそ、今がある。
私は、建物から視線を外す。
戻りたいとは、思わない。
私は、ちゃんと進んでいる。
そう確かめるように一歩、前へ踏み出した。
壁の内側で起きた事も、外側で待つものも、すべてを引き受けるために。もう、立ち止まる理由はなかった。
◇
区画内の巡回は、ようやく一巡目が終わったところだった。
「……次は、南側を確認して──」
指示を出しかけた、その時。
背後から、控えめな足音が近づいてくる。
「ユニ。」
落ち着いた声。振り返らなくても、誰だか分かる。
「エルヴィン団長。」
思わず背筋が伸びる。
「今、少し時間はあるかな。」
命令口調ではない。だが、選択肢もない。
「はい。問題ありません。」
周囲を一度見回し、後輩に簡単な指示を飛ばす。
「私は少し離れます。何かあれば、すぐ呼んでください。」
「了解しました。」
返事を聞いてから、エルヴィン団長の隣に並ぶ。歩き出すまで、ほんの一拍。
「急ぎの話ではない。」
前を向いたまま、団長はそう言った。
「だが、君に直接伝えておいた方がいいと思ってね。」
胸の奥が、静かに鳴る。
──内容は、分からない。
でも、雑談ではない。
「……はい。」
短く返し、歩幅を合わせる。
半壊した街。行き交う兵士。復旧作業の音。
その中で、私達は自然に、人目の少ない通路へと進んでいった。
呼ばれた理由をまだ聞いていないのに──私はもう、次の局面に入った事をなんとなく理解していた。
人目の少ない通路を抜け、半壊した建物の影に入ったところで、エルヴィン団長は足を止めた。
振り返り、こちらを見る。
「──率直に話そう。」
前置きは、それだけだった。
「次の壁外調査に向けて、君をリヴァイ班へ戻す。」
一瞬、呼吸が浅くなる。でも、驚きはなかった。
どこかで、そうなると分かっていた。
「……承知しました。」
言葉は自然に出た。
エルヴィン団長は私の反応を確かめるように、一拍だけ間を置く。
「戻る時期は、準備期間を含めて十分に取る。君を急かすつもりはない。」
それは配慮であり、確認でもあった。
「リヴァイも了承している。君が"戻るべき場所"だと判断した。」
胸の奥が、静かに、確かに重くなる。
──戻る。
それは、役割を取り戻すという事だ。
エルヴィン団長は、そこで話題を切り替えた。
「次の壁外調査だが──表向きの目的は、ウォールマリア奪還に向けた前段階調査だ。」
空気が、引き締まる。
「失われた領域を取り戻すための可能性を探る。地形、巨人の分布、補給路──すべては、そのための情報収集だ。」
人類にとって、希望として掲げるには十分すぎる目的。
「だが──」
エルヴィン団長の声が、僅かに低くなる。
「君には、もうひとつを伝える。」
「今回の壁外調査の真の作戦目的は、エレン・イェーガーの存在を餌にして、"壁の内側にいる敵"を炙り出す事だ。」
思考が、一瞬で切り替わる。
──やはり。
「巨人化能力を持つ人間がいる以上、それを狙う者も、必ずいる。壁を壊した存在と、トロスト区で起きた"内部の殺害"は、無関係とは考えていない。」
あの蒸気。切断面。夜明け前の空気。
すべてが、1本の線で繋がる。
「この作戦は、全員に知らせるものではない。」
エルヴィン団長は、はっきりと言った。
「だが、君は知る必要がある。」
理由は、説明されなかった。けれど、分かる。
リヴァイ班の一員として。前線で判断を預けられる立場として。
「リヴァイには、君から伝えてくれ。その方が自然だ。」
自然──
その一言が、今の自分の立ち位置を示していた。
「質問はあるかな。」
少し考え、私は首を横に振った。
「……ありません。」
不思議と、迷いはなかった。
怖さはある。重さもある。
でも、逃げたいとは思わなかった。
「分かりました。」
そう答えると、エルヴィン団長は小さく頷いた。
「なら、準備を進めてくれ。君には、また"刃の中"に入ってもらう。」
その言葉を聞いて、私はようやく実感する。
──私は、戻るのだ。
守られる側でも、外される側でもない。再び、最前線へ。
エルヴィン団長の背中を見送りながら、私は胸の奥で静かに息を整えた。
もう、立ち止まってはいない。
ちゃんと、次に進んでいる。
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