第4章
夢小説設定
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会議室は、重かった。
人の数が多いわけじゃない。声が荒れているわけでもない。
それでも、空気だけが張り詰めている。
長机を囲む上官達。
それぞれが、手元の書類や壁の図面に視線を落としている。
議題は、明確だった。
──人間が、巨人になれる。
この事実を、どう扱うか。
誰を守り、誰を切り捨てるか。
誰が責任を負い、誰が判断を下すのか。
言葉が、順番に交わされる。
「危険すぎる」「管理が必要だ」「前例がない」「兵器としての可能性は──」
理屈は、どれも正しい。慎重で、合理的で、"上官として"間違ってはいない。
俺は一言も発さず、その全てを聞いていた。
視線は、机の上。だが意識は、この部屋全体に向けている。
誰が、どの言葉に反応したか。
誰が、どこで言葉を濁したか。
誰が、「恐れている」か。
……分かる。そして、分かっている。
この場で俺が感情を挟めば、空気は、確実に歪む。
だから、黙る。
それは逃げじゃない。保留でもない。
──選択だ。
「エレン・イェーガーを、どの兵団が引き取るか」
その言葉が出た瞬間、部屋の空気がさらに重くなる。
俺は一瞬だけ、目を伏せた。
少年の姿が浮かぶ。
制御できない力。だが、逃げなかった背中。
あれは、兵士だ。
未熟でも、恐怖に震えていても、確かに戦おうとしていた。
……それだけで、十分だ。
だが、それを言葉にする気はない。ここは説得の場じゃない。判断の場だ。
エルヴィンが、口を開く。
落ち着いた声。抑揚の少ない、いつも通りの調子。
理屈を並べ、状況を整理し、選択肢を提示する。
──その中に、調査兵団の名がある。
俺は、顔を上げない。
だが誰よりも早く、結論を理解していた。
決まる。
この流れなら、必ずそうなる。
だから、黙ったままでいい。
俺がここで言うべきことは、もうない。
言葉は、判断を軽くする。
今は、重いままでいい。
会議室に、短い沈黙が落ちる。
やがて、ひとつの結論が共有される。
調査兵団が、引き取る。
責任も、危険も、全て含めて。
俺はその瞬間、小さく息を吐いた。
……想定通りだ。
問題は、ここからだ。
守ると決めた以上、中途半端は許されない。
人間として。兵士として。そして──兵士長として。
俺は、ようやく顔を上げた。
視線が、何人かと交わる。だが、言葉は発さない。
それでいい。
この沈黙こそが、俺の返答だ。
会議は、まだ続く。
だが一番大きな判断は、もう下された。
俺は静かに背もたれに体重を預けながら、次の戦場を思い描いていた。
──ここからは、前線だ。
言葉じゃなく、行動で示す番だ。
それだけは、はっきりしていた。
────────────────
会議室の外。
分厚い扉の向こうから、声が断片的に漏れてくる。
内容までは、分からない。
けれど人数と熱量だけで、ただの報告ではないことは察せられた。
私は、壁に背を預けるようにして立っていた。
座れと言われたわけでもない。待てと言われたわけでもない。
ただ、ここにいるような気がして、ここにいる。
人の出入りはない。
警備の兵士が2人、少し離れた位置に立っているだけ。
視線を合わせる事もなく、互いに今は話しかける場面じゃないと分かっている。
……静かだ。
不思議なくらい、静かだった。
昨日まで、あれほど走り回っていた区画とは思えない。
壁は壊れ、街は半壊し、まだ血の匂いも残っているのに。
その中心で行われているのが、この会議。
壊れたものを前にして、次にどうするかを決める場所。
そこに、私はいない。
分かっている。
ここは、私が前に出る場所じゃない。
私は、報告を集める側だった。現場で判断し、指示を飛ばす側だった。
でも、「決める側」ではない。
それは今までも変わらなかったし、これからも簡単には変わらない。
……それでも。
扉の向こうに、リヴァイ兵士長がいる。
それが分かっているだけで、胸の奥が少しだけざわつく。
声は聞こえない。でも、あの人が発言しているかどうかくらいは、なんとなく分かる気がした。
──今は、話していない。
理由も、想像がつく。
この会議は、感情を挟む場じゃない。誰を切り捨て、何を選び、どこまで賭けるか。
そのための場所だ。
だからこそリヴァイ兵士長は、余計な事を言わない。
……それも、分かる。
分かるけれど。
私は自分の立ち位置を、もう一度、意識する。
扉のこちら側。外側。
必要とされていないわけじゃない。ただ、今は使われていない。
それだけだ。
半日休んで戻ってきたら、流れはもう出来上がっていた。
誰かに押し出されたわけじゃない。
自分の足で、一歩引いた結果でもある。
……そうだ。
私は、一歩引いた。
だから、ここにいる。それを責めるつもりはない。
むしろ正しい判断だと、自分でも思っている。
それでも──扉の向こうで世界が少しずつ形を変えていくのを外から感じているこの時間は、思っていたより、ずっと重かった。
私は深く息を吸って、静かに吐いた。
今は、待つ。それが、私の役割だ。
扉が開く、その瞬間まで。
そして開いた時に──私は、どんな顔をしていればいいのか。
それだけを、考えないようにしながら。
───────────────
扉が開く。
会議室の空気が、一気に廊下へ流れ出た。
重い。だが、決まった。それだけは分かる。
俺は最後に席を立った。
廊下へ出て、一歩、踏み出して──そこで、足が止まる。
……いた。
壁際に、静かに立っている。
ユニだ。
予想外でも、意外でもない。
だが見えた瞬間に、胸の奥がわずかに緩む。
無事だ。倒れていない。顔色も、昨日よりはいい。
それだけでひとつ、確認が終わる。
ユニも、こちらに気づいた。
一瞬、視線が合う。すぐに姿勢を正す。
「……終わったんですか。」
低い声。余計な感情はない。
俺は、短く頷く。
「あぁ。」
それだけだ。それ以上、何も言わない。
言えない、じゃない。言わない。ここで、何かを説明する場面じゃない。
決まった事は、追って伝わる。今はまだ、その前段階だ。
ユニは、それを理解している。
だから、聞いてこない。
それが──少し、きつい。
会議の中で何を切り、何を選んだか。その中に、ユニの名前がなかった理由も。
全部、察している顔だ。
……クソ。
俺は視線を逸らし、歩き出す。
ユニも、黙って横に並ぶ。
距離は、半歩分。近すぎず、遠すぎない。
この数日で、出来上がった距離だ。
歩きながら、確認する。
足取り。呼吸。肩の位置。
──まだ、無理はしていない。
それを確認して、ようやく口を開く。
「今日は、持ち場に戻れ。」
命令形。兵士長の声だ。
ユニは一瞬だけ目を伏せてから、小さく頷く。
「……はい。」
それだけ。不満も、反論もない。それが、正しい部下の返答だ。
だが胸の奥で、何かがかすかに引っかかる。
会議で、判断した。抑えた。切り分けた。
兵士長としては、正しい。
それでも──こうして会議室の外にいたユニを見て、俺は、確信する。
この判断は、間違っていない。だが、代償はある。
それが何かは、まだ言語化できない。
ただひとつ、はっきりしている。
この距離を選び続けるなら──いつか必ず、何かが壊れる。
それが俺なのか。ユニなのか。それとも──
考えるな。
今はまだ、その時じゃない。
俺は歩調を落とさず、前を向く。
ユニも何も言わず、ついてくる。
廊下は、静かだった。
嵐の中心で決まった事を、何も知らないまま。
その静けさが、やけに重く感じられた。
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