第4章
夢小説設定
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会議は、思ったより長引いた。
壊れた支部。限られた情報と、人手不足。判断すべき事は山ほどある。
ようやく解放され、通路へ出た時──
視界の先に、見慣れた背中を見つけた。
休憩中だろう。壁際に腰を下ろし、少しだけ肩を落としている。
……ユニ。
声をかけようと一歩踏み出した、その瞬間。
ユニが、立ち上がった。
こちらに気づき、すぐに姿勢を正す。
──そこで、引っかかる。
歩き出す動作が、僅かに遅い。肩の位置が、不自然に固い。
嫌な予感が、背中を這った。
「……ユニ。」
「リヴァイ兵士長。会議は、終わったんですか?」
声は、いつも通りだ。だが──正面から見て、はっきり分かる。
顔色が、悪い。
目の焦点が、ほんの少し甘い。無理に張っているのが、見える。
壁外調査での疲労。異常事態への連続対応。指示を出す側に回った責任。
それに、この季節だ。
「……あぁ。だが、そんなことよりも……、」
言葉を切り、一歩、距離を詰める。確信に変わった。
「……お前は、少し休め。俺が代わる。」
一瞬、ユニの目が揺れる。
「え……、でも……、」
その時だった。
後ろで成り行きを見ていたエルヴィンが、何の躊躇もなく前に出る。
そして──ユニの額に、手の甲を当てた。迷いのない動作。
「……少し、熱があるな。」
淡々と、だが断定的に。
「今日はもう、リヴァイは班に戻る。君は休みなさい。」
「え……。」
ユニが言いかけたところで、エルヴィンは視線を外さず続ける。
「団長命令だ。」
静かな声。だが、拒否の余地はない。
「ここで今熱を上げても、満足な治療は望めない。そうなる前に、休め。」
ユニは少しだけ唇を噛み──やがて、ゆっくりと頷いた。
「……そう、ですね。承知しました……。」
俯き、小さく頭を下げる。そのまま踵を返し、静かに去っていった。
その背中を、俺は黙って見送る。
──やはり、無理をしていた。
分かっていたはずだ。それでも、限界まで言わなかった。
……クソ。
俺は視線を落とし、奥歯を強く噛み締めた。
守るべきものは、戦場だけじゃない。
それをまたひとつ、突きつけられた気がしていた。
───────────────
書類に目を通し、署名を入れる。1枚、また1枚。
エレン・イェーガー。人が巨人になるという事実。兵団として、どう扱うか。
判断材料は揃っている。感情を挟む余地はない。
椅子を引き、立ち上がる。
次の上官会議まで、時間は少ない。
書類を脇に抱え、部屋を出る。
廊下を歩きながら、自然と視線が左右に流れる。
──いない。
角を曲がる。次の通路。
視線が、また動く。
……いない。
そこでようやく、自分が何をしているのかに気づく。
今日は休ませた。熱があった。ここにいるはずがない。
分かっている。
それでも足を止めずに歩きながら、視界の端が、勝手に探す。
いつもなら、この時間帯に見える位置。報告に来る歩幅。人混みの中でも、すぐ分かる姿。
──今日は、いない。
書類の束を持ち替え、視線を前に戻す。
今は仕事だ。
エレンの存在は、兵団全体を揺るがす。個人の都合や感情で、判断していい話じゃない。
だが通路の先で誰かが立ち止まると、一瞬、視線がそちらへ走る。
違う。別の兵士だ。
……チッ。
無意識に、舌打ちを飲み込む。
なぜ探す。理由は明確だ。
昨日、休ませた。今日はいない。それだけだ。
兵士長として、何もおかしくない。
なのに「いない」という事実が、視界に引っかかる。
空白のように。
会議室の扉が見えてくる。
深く息を吸い、吐く。切り替えろ。
ここからは、判断の連続だ。
エレン。審議所。兵法会議。
俺が考えるべきことは、山ほどある。
──ユニの事は、後でいい。今じゃない。
そう言い聞かせ、扉を押し開ける。
だが席に着く直前。無意識にもう一度だけ、視線が動いた。
そこに、誰もいないと分かっている場所へ。
……クソ。
俺は目を伏せ、その癖ごと、思考を押し込めた。
今は、兵士長だ。そうでなければならない。
少なくとも──今日という一日は。
会議室に入ると、既に数名の上官が揃っていた。
壁沿いに立ち、机の上には地図と資料。
トロスト区。旧調査兵団本部。審議所。
視線を落としながら、配置と導線を確認する。
……問題は山ほどある。
エレン・イェーガー。巨人の力。世論。そして、兵団の存続。
「──明日の兵法会議では、」
エルヴィンが、淡々と話し始める。
「感情論は通らない。必要なのは、"使えるかどうか"だ。」
使えるか。使えないか。あの少年を、兵器として見るかどうか。
……クソみたいな言い方だ。
だが、それ以外に説明のしようがないのも事実だ。
「調査兵団としては、エレンを引き取る前提で話を進める。」
異論は、出ない。いや、出せる空気じゃない。
ここにいる全員が、それ以外の選択肢を考えたくないからだ。
俺は腕を組み、地図から視線を外さずに口を開く。
「護衛は最小限だ。人員を増やせば、それだけリスクも増える」
「……妥当だな。」
誰かがそう返す。
頭の中で、リヴァイ班の顔が浮かぶ。
エルド。グンタ。オルオ。ペトラ。
そして──ユニ。
一瞬その名前が浮かんで、すぐに切り捨てる。
今回は、違う。
エレンの護衛は、戦闘能力だけの問題じゃない。
政治だ。視線だ。象徴だ。
ユニを置く場所じゃない。
そう、判断している。している、はずだ。
「リヴァイ。」
エルヴィンの声で、思考が引き戻される。
「君はどう思う?」
「……現時点では、あの少年を殺す理由はない。」
それだけを言う。余計な感情は、ここでは不要だ。
エルヴィンは一瞬だけ目を細め、すぐに頷いた。
「同意見だ。」
会議は、淡々と進む。
誰も声を荒げない。誰も迷いを口にしない。
それが、一番重い。
会議が終わり、椅子が引かれる音が重なる。
立ち上がりながら、無意識に視線を動かす。
……いない。
当然だ。
ユニは、この会議に呼ばれていない。
兵士長の判断で必要ないと、判断した。
そうだ。これは、正しい判断だ。
正しい……はずなのに。
胸の奥に、微かな引っかかりが残る。
ユニなら、どう言っただろうか。どう考え、どんな視点を足しただろうか。
それを想像してしまう時点で──
「……チッ。」
小さく、舌打ちが漏れる。
俺はもう会議の内容じゃなく、"誰をここに置かなかったか"を考えている。
兵士長として、余計な思考だ。
だが明日の兵法会議では、もっと大きな判断を迫られる。
その時、俺は──誰を視界に入れて、誰を外す判断をする?
答えは、まだ出ない。出ないまま、時間だけが進んでいく。
……このままで、いいわけがない。
そうはっきり自覚しながらも、俺は今日も、正しい顔をして立っていた。