第4章
夢小説設定
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夜。
区画の巡回を終え、報告も済ませ、ようやく自室に戻る。
扉を閉めた瞬間、外の音がすっと遠のいた。
……静かだ。
ランプに火を入れ、装備を外し、椅子に腰を下ろす。
そこで、ふと気づく。
肩が、強張っている。
意識していなかった。当たり前のように張りつめたまま、ずっと過ごしていたらしい。
息を、吸う。ゆっくり、吐く。
──それだけで、肩が、少しだけ下がった。
「あ……。」
思わず、小さな声が漏れる。
力を抜いていい時間だと、体の方が先に理解したみたいだった。
ベッドに腰掛け、背中を丸める。
昼間、後輩に指示を出していた自分。駐屯兵と話をしていた自分。巨人の話を聞き、それでも動きを止めなかった自分。
(……ちゃんと、やれてたかな。)
自分に問う声は、もう震えていない。
上手くやれたかどうかじゃない。正しかったかどうかでもない。
「……やるべき事は、やった。」
それだけで、今は十分だと思えた。
ノートに手を伸ばしかけて、やめる。
今日は、書かなくていい。
考えはもう頭の中で、きちんと並んでいる。
椅子の背に体を預けて、もう一度、深く息を吐いた。
肩が、完全に落ちる。
その瞬間、胸の奥にあった緊張が、音もなくほどけていった。
(……あ。)
何かを失ったわけでも、何かを得たわけでもない。
ただ「一日が終わった」、それだけの感覚。
窓の外は、暗い。
遠くで、誰かの足音がして、消える。
──リヴァイ兵士長は今、何をしているだろう。
そう思って、でも、その先を追わない。
今は、考えなくていい。
ベッドに横になり、目を閉じる。肩の力を抜いたまま。
久しぶりに、何も背負わない夜だった。
────────────────
朝。
まだ人の動きがまばらな時間帯だ。
区画内は落ち着いている。夜のうちに大きな混乱もなかった。
──問題はない。
少なくとも、表向きは。
俺は、ユニの姿を探す。
すぐに見つかった。装備の確認をしている背中。
姿勢は、いつも通りだ。無駄がない。手順も正確。
……だが。
「……。」
違和感がある。
近づいて横に立つと、ユニが気づき、顔を上げる。
その瞬間、はっきり分かった。
──硬い。
表情も。肩も。目の奥も。
昨夜、何かあったわけじゃない。疲労が抜けきっていない様子でもない。
それなのに、妙に力が入っている。
俺は、要件だけを告げる。
「俺は今から、エルヴィンと内地に行く。」
ユニは一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。
「……はい。」
「その間、班のことは任せたぞ。」
「はい。責任を持って、対応します。」
返答は完璧だ。迷いも、遅れもない。
──だからこそ。
「……ユニ。」
名前を呼ぶ。
視線が、こちらに向く。
「肩の力を抜け。」
淡々と、兵士長の声で言う。
「ここは壁の中だ。もう、巨人はいねぇ。」
一拍。
ユニははっとしたように瞬きをして、意識的に肩を下げた。
……下げた、だけだ。完全には、抜けていない。
「……はい。」
そう答えながら眉を少し下げて、無理に口元を緩める。
……笑おうとしたな。
それが、余計に胸に引っかかる。
「……無理はするな。」
それ以上、言葉は足さない。
足してしまえば、兵士長じゃなくなる。
ユニは、短く頷いた。
「……承知しました。」
いつも通りの言葉。いつも通りの態度。
だが俺は一瞬だけ、視線を外す。
……昨夜、あいつは肩の力を抜けたはずだ。
それをもう一度背負わせているのは──俺か。
そう考えて、口の中で舌打ちを噛み殺す。
「戻るまで、持ち場を頼む。」
「はい。」
踵を返す。
背中に、視線を感じる。振り返らない。
兵士長としては、これでいい。正しい。問題はない。
……だが。
歩き出してからも、あの硬い表情が、頭から離れなかった。
────────────────
リヴァイ兵士長とエルヴィン団長は、半日も経たずに戻ってきた。
戻って早々、上官達は半壊したトロスト区支部に集まり、会議に入る。
瓦礫の残る建物。壁は崩れ、使える部屋も限られている。
その間私たちリヴァイ班は──捕らえた巨人2体の監視に回された。
縄と杭で拘束され、うなだれるように座らされている巨人。動きは、ない。
……けれどもし、何かの手違いで拘束を振り切ったら。
もし、急に暴れ出したら。
今まで巨人を「倒す」事はあっても、「守る」側に回るなんて、思ってもいなかった。
奇妙な緊張が、場に漂っている。
私は周囲を見渡してから口を開いた。
「……ペトラから、順番に休憩を。」
全員の視線が集まる。
「気を張り続けて、疲れているでしょう?食事を摂る時間しか取れませんが……30分で、交代しましょう。」
野戦食糧しかない。温かくもない。それでもこの張りつめた空気から、少しでも離れてほしかった。
「了解です。」
ペトラが頷き、他の皆もそれに続く。
配置を確認し監視を続けながら、私は少しだけ息を整えた。
……肩の力。
ふと、昨日の事が頭をよぎる。
意識して、力を抜いたつもりだった。
でも、リヴァイ兵士長には見抜かれていた。
「無理はするな。」
そう言われた時、少しだけ胸が詰まった。
無理をしているつもりは、ない。
ただ──重い。
今までは、リヴァイ兵士長のそばで、指示を聞いて、動けばよかった。判断は、上にあった。
でも、今は違う。
指示を出す側に立ち、判断の重さを引き受けている。
そして、それが一時的なものじゃない事も、分かっている。
いつまでも、守られているだけではいられない。
それを今の状況が、はっきりと示していた。
調査兵団に来た意味は、そこにあるはずだ。
私は、ふっと視線を上げる。
空が見えた。壁の内側の空。それでも、雲は外へ向かって流れている。
今日も、変わらず。
──前へ。
そう言われている気がして、私はもう一度、足元を確かめた。
ここで、立ち続けるために。