第1章
夢小説設定
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朝の光が、窓から差し込んでいた。目を開けて、すぐには動けない。天井の木目をぼんやりと見つめながら、昨日の感触だけが、ゆっくり戻ってくる。
静かな声。書類をめくる音。
エルヴィン団長は、あの時も急かさなかった。説明は淡々としていて、余白が多くて、答えを先に言わない話し方だった。
──選ぶのは、君だ。
そう言われたわけじゃない。
けれど、そう受け取るしかない間が、確かにあった。
扉を出たあと、リヴァイ兵士長は必要な事しか話さなかった。
歩きながら、支部の廊下を抜けながら、短い言葉だけを落としていく。
「……ここだ。」
部屋の前で立ち止まり、扉を開けて、中を指し示す。
「使え。最低限は揃ってる。」
それだけ。
視線は室内を一度流しただけで、特別な説明も、様子を見る事もない。
「風呂の時間、分からなきゃ聞け。」
言い方は投げやりなのに、行き先だけは、ちゃんと示していた。
私は何か言おうとして、結局、言葉を探すのをやめた。
「……はい。」
その返事に、リヴァイ兵士長は小さく頷いただけだった。
部屋に入って、扉が閉まる音。その音が、昨日の終わりだった。
今。
ベッドの端に座り、畳まれた制服を見る。憲兵団のままの、それ。
指先で布に触れると、ひんやりとした感触が返ってくる。
──夢じゃない。
確かめるように息を吐く。
まだ、迷いはある。整理できていない感情もある。それでも、ここに来た。来てしまった。
その事実だけは、もう戻らない。
私は立ち上がり、制服を手に取る。考えるのは、歩きながらでいい。
今日も、動く。
それだけで、今は十分だった。
◇
ざわめきと、食器の触れ合う音。人の気配が満ちているのに、どこか落ち着かない。
私は列の端に立ち、盆を受け取る。
憲兵団の制服。
この場所では、どうしても浮く。
視線を落とした、その時。
「……え?」
少し離れた場所から、戸惑いを含んだ声がした。
「……ユニ?」
呼びかける前の、確かめる響き。
顔を上げると──こちらを見つめたまま、動きを止めている人物がいる。
「…ナナバ…。」
次の瞬間。
「ユニ!?」
驚きと懐かしさが、そのまま声になった。
すぐに歩み寄ってきて、間近で顔を覗き込む。
「久しぶりじゃない。どうしてるかと思ってた。」
少し安心したような笑顔。それから、ふっと首を傾げる。
「……あれ?」
何かに引っかかったような間。
「どうして、ここに?」
純粋な疑問。まだ、何も決めつけていない声。
私は、すぐに答えられなかった。
「…色々あって…。」
曖昧な返答。
ナナバは一度、頷きかけて──そこでようやく、私の制服に目を落とす。
袖口。肩章。
「……君、憲兵に行っただろ。」
今度は、はっきりとした確認。視線が、もう一度私の顔に戻る。
私は、少しだけ間を置いて。
「……色々、あって……。」
同じ言葉。けれど、さっきよりも低く、重い。
ナナバは、それ以上問い返さなかった。ただ、目を細める。
訓練兵時代の記憶と、今ここに立っている私を、静かに並べるみたいに。
「……そっか。」
短く息を吐く。
「それ、今日たまたまって感じじゃないね。」
責めるでも、探るでもない。
「まあいいや。」
軽く笑って、盆を持ち上げる。
「後で、聞かせて。」
自然な調子で。
「5年分くらいは、ありそうだし。」
懐かしさは、そのまま。
けれど──簡単には埋まらない時間が、確かにそこにあった。
ナナバは、それ以上何も聞かなかった。問いを重ねても答えが返ってこない事を、もう分かっているみたいに。
「……うん。」
「じゃ、また後でね。」
それは約束でも、催促でもない。時間を置くという選択を、自然に共有しただけの言葉だった。
彼女は盆を持ち、私とは逆の方向へ歩いていく。途中で振り返る事もしない。
私はその背中を見送ってから、ようやく息を吐いた。
──いたんだ。
調査兵団に、ナナバが。
知識としては知っていたはずなのに、実感としてはすっかり抜け落ちていた。
再会する可能性も、言葉を交わす準備も、何を話せて、何を話せないのか。どこまでなら、過去として出していいのか。
その線を、私はまだ引けていない。
でも、ナナバは分かっている。
今の私が、まだ選んでいる途中だという事を。
だから、聞かなかった。だから、待つと言わなかった。
食堂のざわめきが、再び耳に戻ってくる。
盆を持つ手に、少しだけ力が入る。
逃げたわけじゃない。閉ざしたわけでもない。
ただ──話す順番が、まだ来ていないだけだ。
その事を、私自身が一番よく分かっていた。