第3章
夢小説設定
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訓練場の空気は、澄んでいる。
号令。配置。いつも通りだ。
俺は前列を見渡し、無意識に──いや、ほとんど反射で、ユニの位置を確認する。
……いる。
少しだけ、前より外側。ほんの僅かな違いだ。他の誰も気づかない。
だが、俺には分かる。
……また、だ。
視線を戻す。全体を見る。
今度は"全体を見るために"意識して視線を散らす。
……散らしきれない。
動線を読む。仮想敵。接触点。
そこにユニが絡む可能性があると分かった瞬間──思考が、止まった。
一瞬だ。本当に、一瞬。だが、致命的だった。
……配置を、変えるべきか。
そう考えた時点で、もう"兵士長の判断"じゃない。
以前なら、迷わなかった。
危険度。練度。役割。
切り捨てるように決めていた。
だが今は──変えたら、それは"守る"になる。
守る判断は、兵士長の仕事じゃない。
喉の奥が、詰まる。
「──」
号令を出そうとして、声が出ない。代わりに、誰かが動く。
ユニだ。
指示を待たず、流れを読んで、自然に位置を微調整する。
完璧だ。何ひとつ、間違っていない。
訓練は、そのまま進行する。
問題は起きない。誰も怪我をしない。
だが──胸の奥に、冷たいものが沈んだ。
俺は、今……判断を、していない。
避けた。選ばなかった。
"動かない"という選択を、無意識に選んだ。
それは、安全でも、冷静でもない。
ただの──逃げだ。
自覚した瞬間、背中に汗が滲む。
俺は、前と同じ場所に立っている。同じ景色を見ている。
それなのにもう、以前の俺じゃない。
動けなくなっている。
守りたいからでも、情があるからでもなく──壊したくないからだ。
自分を。立場を。均衡を。
そして何より、この関係を。
それを判断の理由に混ぜた瞬間、俺は兵士長として一歩、後退していた。
気づいてしまった。
気づいてしまった以上、もう戻れない。
俺は、歯を食いしばる。
……まだだ。
まだ、言語化するな。まだ、結論を出すな。
だが、確かにそこにある違和感だけは──もう、見なかった事にはできなかった。
───────────────
訓練場の端。
日陰になる位置に立って、私は腕を組んだ。
……あれ。
最初にそう思ったのは、違和感が"派手じゃなかった"からだ。
隊列。動き。指示の声。どれも、いつも通り。
なのに──
「……リヴァイ。」
小さく、名前を呼ぶ。
彼は、いつもより動かない。正確には、動かない事を選び続けている。
危ない場面で一瞬踏み出しかけて、止まる。
助けに入るほどでもない。注意を飛ばすほどでもない。判断としては、間違っていない。
……間違っていない、はずなんだけど。
視線が、ユニを追っている。
露骨じゃない。分かりやすくもない。
でも、必要以上に切り離そうとしているのが見える。
「……我慢しすぎだよ。」
誰にも聞こえないように、呟く。
抑える。距離を取る。線を引く。
それ自体は、リヴァイらしい判断だ。
だけど最近の彼は、抑える事が目的になっている。
冷静に見えて、視野が、少しずつ狭くなってる。
……これ、まずくない?
ユニの方を見る。ユニは、いつも通りだ。
動きは安定してるし、判断も早い。
リヴァイが距離を取っている事に気づいていない──あるいは気づいていても、飲み込んでいる。それが、余計に。
「……ほんと、困った人だよ。」
ユニが大丈夫だから、余計に歪む。
リヴァイは"問題が起きていない"事を理由に、自分を追い込んでいる。
守るために。壊さないために。間違えないために。
でもこのままじゃ、身動きが取れなくなる。
踏み出す事も戻る事も、どっちもできなくなる。
私は、ため息をついて肩をすくめた。
「……リヴァイ。それ、冷静じゃないよ。」
もちろん、今は言わない。言えば彼は、もっと固くなる。
だから今日は、ただ見るだけ。
ただ、"おかしい"って気づいてる人間が、ここに1人いる、ってだけ。
──それでいい。
今は、まだ。
────────────────
訓練場を見下ろせる位置で、俺は腕を組んだまま立っていた。
直接指示を出すつもりはない。ただ、様子を見るだけだ。
……だが。
視線の先で展開されている動きに、ほんの僅か、眉が動く。
──動かないな。
正確には、動いてはいる。
判断も早い。命令も的確だ。
だが、一拍、遅い。
それは技量の問題ではない。疲労でもない。ましてや慢心でもない。
(慎重、というより……縛っている。)
リヴァイの判断は、いつもならもっと鋭く、もっと自由だ。
危険を見切り、必要なら踏み込む。
だが今日は……踏み出すべきところで、踏み出さない。
代わりに「安全な選択」を選び続けている。
──兵士長としては、正しい。
だが"駒"としては、動いていない。
視線が、自然とユニに移る。
彼女はいつも通りだ。落ち着いている。
判断も、自分の役割も、ぶれていない。
むしろ以前よりも、安定している。
(問題は、彼女じゃない。)
問題は、彼女を基準にしてしまっているリヴァイの方だ。
ユニの位置。ユニの動き。ユニの安全。
それらを「考慮する」事自体は、何も間違っていない。
だが判断の"軸"が、ひとつ増えている。
それは指揮官にとって、時に致命的だ。
俺は静かに、小さく息を吐いた。
俺は、関与しないつもりだった。
2人の距離が2人のペースで変わっていく事自体は、自然な事だ。
感情を持つ事も、迷う事も、人として当然だ。
だが職務に影響が出るなら、話は別だ。
リヴァイには、兵士長でいてもらわなければならない。
それが彼の役割であり、彼自身が選び続けてきた立場だ。
もしもこのまま「動かない判断」が積み重なれば──その時は、私が止める。
それは罰ではない。干渉でもない。軌道修正だ。
俺はまだ訓練を続ける部隊から視線を外し、静かに踵を返した。
……参ったな。
心の中で、どこか穏やかに、そう呟く。
まだ、今は。声をかける段階ではない。
だがその時が来たら──俺は迷わず、リヴァイを呼ぶだろう。
兵士長として、"戻る場所"を示すために。