第3章
夢小説設定
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模擬戦形式の訓練だった。
立体機動を使った複数人連携。地形は既知。想定は単純だが、連携精度が問われる。
配置は、いつも通り。
前衛。中間。後方。
ユニは──中間。
俺の視界に入りやすく、全体を見渡せる位置。
問題は、そこだ。
今日の流れを見て、本来なら配置を一段、後ろに下げるべきだった。
ユニの動きが、少し硬い。
疲労ではない。判断は速い。だが、踏み込みが浅い。
──慎重すぎる。
風向き。ワイヤーの張り。前衛の動線。
全部見えている。だからこそ、余計な無理をしない。
……それが、危うい。
中間は、最も事故が起きやすい。
だから通常なら、今日は別の兵士と位置を入れ替える。
判断は、簡単だった。
……だが、俺は配置を変えなかった。
理由は、明確だ。
ユニを、俺の視界から外したくなかった。
それだけだ。
合図。
全員が一斉に動く。
前衛が突っ込む。中間が追随。後方が退路を確保。
一瞬、動線が交差する。
ユニの進路に、別班の兵士が入りかける。
避けられる。判断はできる。だが、余裕はない。
──来る。
そう思った瞬間、ユニが一拍、遅れる。
躊躇ではない。計算だ。
だがその一拍が、訓練では"ズレ"になる。
結果。接触寸前。
ユニは体を捻り、ギリギリで衝突を避けた。
ワイヤーが鳴る。着地が、わずかに乱れる。
──問題は、そこじゃない。
俺の判断だ。
本来、このリスクは事前に消せた。
配置を変えれば、起きなかった。
だが、俺は変えなかった。ユニ個人を優先した。
訓練は続行される。誰も怪我はしていない。
表面上は、何の問題もない。
だが胸の奥に、鈍いものが落ちた。
──今のは、兵士長としての判断じゃねぇ。
守るべきは、1人じゃない。全体だ。
俺は、舌打ちを飲み込む。
……クソ。
訓練終了の合図を出す。
ユニが、何事もなかったようにに戻ってくる。
こちらを見るが、俺は視線を返さない。
もし今、配置を変えなかった理由を問われたら。
俺は、何も答えられない。
それが一番、致命的だった。
◇
訓練は、滞りなく終わった。
表向きは、だ。
全体の流れも、配置も、問題はない。
誰も怪我をしていない。報告書に書くような不備もない。
──それなのに、胸の奥に引っかかるものが残っている。
(……あの配置、)
頭の中で、さっきの光景をなぞる。
本来なら、ユニはあの位置に置く必要はなかった。
もっと前に出せた。もっと負荷のかかる役割を任せることもできた。
実際、他の兵士ならそうしている。
だが──俺は、そうしなかった。
「……。」
理由は、分かっている。
分かっているからこそ、言葉にする気にならない。
兵士長としてなら、配置は"全体効率"で決めるべきだ。
1人の安全を、過剰に優先する理由はない。
それなのに──俺はユニが余計な判断を迫られる位置に立つのを、無意識に避けた。
装備の癖。動きの癖。判断の速さ。
全部、分かっている。
それでももしまた、あの一瞬が来たら。
装置の不具合。予測不能な動き。判断が遅れる可能性。
──そんな仮定を、必要以上に考えた。
それが兵士長の判断かと言われれば──
「……違うな。」
小さく、吐き捨てる。
これは合理でも、規律でもない。
もっと個人的で、兵士長らしくない判断だ。
◇
その夜。
いつものように椅子に腰掛け目を閉じても、眠気は来なかった。
目を閉じると勝手に、訓練場の光景が浮かぶ。
配置。距離。あの時の、自分の判断。
……抑えろ。
いつも通り、そう言い聞かせる。
これまで、何度もそうしてきた。
抑える事には、慣れている。飲み込む事も、耐える事も。
……本当に?
(俺は、何を抑えている。)
思考が、そこまで進んで──止める。
言葉にしてしまえば、もう戻れなくなる。
理由をはっきりさせてしまえば、"守っているもの"が、自分で分かってしまう。
それは兵士長として、知るべきじゃない答えだ。
「……くだらねぇ。」
天井を睨み、そう呟く。
だが、胸の奥の重さは消えない。抑える理由を、まだ言葉にしないまま。
◇
翌日。
朝の空気は、昨日よりも冷えていた。
季節のせいか、それとも──自分の中の違和感のせいか。
訓練場に立ち、全体を見渡す。
いつも通りの配置。いつも通りの号令。
……いや。
本当は、"いつも通り"に戻したつもりだった。
昨日の判断。ユニを動かさなかった事。無意識に、あいつの位置を固定した事。
兵士長としての判断じゃなかった。そう結論づけた。
だから今日は、意識的に"戻す"。
視界に入れすぎない。距離を詰めない。特別扱いをしない。
──そう決めたはずだ。
だが号令をかけながら、俺の視線は、逆に忙しくなる。
ユニの動線。足元。周囲の兵士との間合い。
見ない、と決めた分だけ、確認が増えている。
……おかしい。
抑えているはずなのに、昨日より、神経が尖っている。
訓練が進む。
ユニは、普段通りだ。判断も、動きも、問題ない。
むしろ──少しだけ、距離を取っている。
それに気づいた瞬間、胸の奥が、僅かにざわついた。
……気のせいだ。
そう片付けようとする。だが、同時に思う。
昨日は、あいつを"止めた"。今日は、"見ないようにしている"。
どちらも、正しい判断とは言えない。
俺は、判断を戻そうとしている。だが基準そのものが、揺れている。
──兵士長として、ではない。もっと厄介なところで。
訓練終了の号令をかける。
兵士たちが散っていく中で、ユニは一礼し、他の兵士と同じように下がっていく。
……それでいい。それが、正しい距離だ。
なのに視界の端から、完全にいなくなった瞬間。胸の奥に、小さな空白が残った。
……違う。違う、これは。
俺は、息を吐く。
昨日の判断を、"私情だった"と切り捨てた。
今日の判断を、"職務に戻した"つもりでいる。
だが実際には──どちらも、同じところから来ている。
それをまだ、言葉にはしない。
言葉にした瞬間、戻れなくなる気がした。
だから俺は、今日も何も言わない。
ただ歪んだ感覚を抱えたまま、次の指示を出す。
……クソ。
判断を戻そうとして、こんなにも不安定になるとはな。
兵士長として──いや、それ以前の問題だ。
そう思いながらも俺はまだ、"理由"に名前をつけないままでいた。