第3章
夢小説設定
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春になった。
空気はまだ冷たいけれど日差しは柔らかく、兵団本部の中庭にも、少しずつ緑が戻り始めている。
それなのに──
「手は洗ったか。」
朝執務室に入って最初にかけられた言葉が、それだった。
「……はい。」
「うがいは。」
「……今、してきます。」
言われる前にやるつもりだったのに。そう思いながら、素直に引き返す。
戻ってくると、次は──
「水は飲んだか。」
「……今から飲みます。」
「今すぐ飲め。」
「はい……。」
去年も、こんなやり取りはあった。
春先は体調を崩しやすいから。気をつけろ、無理をするな、と。
でも今年は明らかに、回数が多い。それに、間がない。
少し咳き込めば、すぐに視線が飛んでくる。
鼻をすする音を立てれば、何も言わずに机の上に水差しが寄せられる。
執務室の窓が開いていれば、「……寒くないか」。
閉まっていれば、「……換気しろ」。
──どっちなんだろう。
内心でそう思いながらも、言葉にはしない。
午後の訓練中も、同じだった。
整列している間、少しだけ足の位置を直しただけで「……無理に踏ん張るな」。
汗が引き始めると、「上着を着ろ」。
去年は、ここまで細かくはなかった。
確かに気にかけてはくれていたけれど、"必要な時に"という印象だった。
今年は──常に、視界に入れている感じがする。
訓練が一段落し、少し距離を取った時。
ふとリヴァイ兵士長を見ると、こちらを見ていた。
目が合う。だが、すぐに逸らされる。
……気のせい、ではない。
去年よりも、確認されてる。
そう思った瞬間、不思議と、嫌な気はしなかった。
煩わしいとも、束縛だとも、思わない。
むしろ──ちゃんと、見ている。
そう言われているみたいで。
「……大丈夫です。」
思わずそう口にすると、リヴァイ兵士長は、僅かに眉を寄せた。
「誰も、大丈夫かどうかを聞いてねぇ。」
低い声。
「大丈夫でも、気をつけろ。」
それだけ言って、視線を外す。
……あぁ。
去年と同じようで、でも、少し違う。
この春の過保護は、"念のため"じゃない。
何かを確かめるみたいな──そんな気配がしていた。
私は小さく息を吐いて、もう一度姿勢を正した。
言われなくても、ちゃんと気をつけよう。
でもこうして見られている事自体は、悪くないな、と。
そんなことを思ってしまった自分に、少しだけ、驚きながら。
───────────────
春だ。
風はまだ冷たいが、陽は確実に長くなっている。季節が変わる、この時期。
──嫌な予感しかしねぇ。
視線の先。整列中のユニ。
去年と比べて、変わった事はいくらでもある。
立ち姿。判断の速さ。表情。
……だが体調面だけは、相変わらずだ。
肩に力が入りやすい。呼吸が浅くなる癖。無意識に喉を押さえる仕草。
そして何より──春になると、崩しやすい。
「ユニ。」
名前を呼ぶだけで、こちらを見る。
「……はい。」
顔色。目の焦点。声の張り。
去年なら、ここで終わっていた。確認して、問題なければそれでいい。だが、今年は違う。
「昨夜は何時に寝た。」
「……え、ええと……。」
一瞬の間。それだけで、分かる。
「遅かったな。」
「……少しだけです。」
「水は飲んだか。」
「はい。」
「喉は。」
「……違和感は、ありません。」
ふぅ、と小さく息を吐く。
──多い。
自分でも分かる。確認が、指示が、去年より明らかに多い。
分かっているのに、やめられない。
視線を外して、全体を見渡すふりをする。
理由はいくらでも並べられる。
経験則。過去の事例。部隊の戦力管理。
……だが、本音は別だ。
あいつが倒れる場面を、もう一度見るのが嫌なだけだ。
それだけだ。
春の風が、僅かに強く吹く。
ユニの髪が揺れるのを見て、無意識に半歩だけ距離を詰める。
風避け。そういうことにしておく。
──去年より、近い。
気づいて、舌打ちを飲み込む。
近づきすぎるな。抑えろ。
そう思っているのに、視界から外すという選択肢だけは、どうしても取れない。
……慣れてきている。
確認する事に。気にかける事に。それを「必要な管理」だと、自分に言い聞かせる事に。
それが、一番まずい。
春は、毎年こうだ。だが今年は、少し違う。
過保護なのは分かっている。自覚もある。
それでも、「大丈夫です」と言われるまで目を離せない自分がいる。
──クソ。
今年もまた、春が始まっただけだ。
そう、思い込むしかなかった。