第3章
夢小説設定
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春の空気は、まだ冷たい。
朝の整列。地面は乾いているが、冬を越えたばかりの土は不均一で、ところどころ僅かに沈む。整列は終わりかけていた。
号令待ちの、ほんの短い時間。気が抜けるほどでもなく、張り詰めるほどでもない。
……一番、油断が出る瞬間だ。
ユニはいつも通り、俺の視界に入る位置にいる。
近すぎず、離れすぎず。問題は、ない。──はずだった。
一瞬。ユニが、半歩下がった。
理由は、どうでもいい。足元か、癖か、考え事か。
だがその半歩で、踵が何かに引っかかった。
体が、僅かに傾く。
大した事じゃない。
本人も、すぐ立て直す程度の──その瞬間だった。
後ろにいた兵士が、反射でユニの肩を掴んだ。
支えるための、ごく自然な動作。力も強くない。
誰が見ても、「事故未満」だ。
……誰が見ても。
俺の中で、何かが切れた。
「──!」
声が出るより先に、視界が狭くなる。
ユニが倒れなかった事も、怪我がなかった事も、兵士に悪意がない事も──全部、理解している。
それなのに──胸の奥が、ぞっと冷えた。
肩に置かれた、その手。ほんの一瞬の接触。
それだけで、血の気が引くような感覚が走る。
──何だ、今の。
踏み出しかけた足を、強引に止める。
出るな。何も起きていない。理性で、そう押さえつける。
ユニは、すぐに体勢を整えた。
「……すみません。」
小さく頭を下げる。それだけで、終わる。
周囲も、誰も気にしていない。訓練後の、よくある光景だ。
……よく、ある。
それなのに胸の内側が、じりじりと痛む。
さっきの動きが、自分の中で「事件」になりかけた事に。
──おかしい。完全に、おかしい。
俺は、何を警戒している。誰に、何を奪われるつもりでいる。
ユニは、俺のものじゃない。部下だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
分かっている。分かっている、のに。
他人の手が触れた、ただそれだけで──ここまで神経が反応する。
……抑えろ。
深く息を吐く。
……最近、抑える事自体には慣れてきた。
だからこそ、分かる。
この感覚は、「慣れていいもの」じゃない。
抑え続けている限り、どこかで歪む。
だが──今はまだ、踏み越えていない。
俺は視線を逸らし、号令を待つ列を無言で見渡した。
何事もなかった日常。
その中で俺だけが、確実に消耗している。
……クソ。
気づかれないのが、一番厄介だ。