第1章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
通路の突き当たりで、リヴァイ兵士長が足を止めた。
他よりも重い木製の扉。使い込まれた取っ手には、無数の指の痕が残っている。
ここが──団長室。
立ち止まった瞬間、さっきまでの歩調が嘘みたいに、時間がゆっくりになる。背後の気配も、遠くの足音も、意識から薄れていく。
リヴァイ兵士長は、私を一度だけ横目で見た。
「……いいか?」
短い問い。けれど、急かす響きはない。
"心の準備はできているか"
そう確かめられているのだと、直感で分かった。
私は、短く息を吸う。
「……はい。」
返事を待って、彼が扉に手をかける。金属が擦れる、低い音。軋む音とともに、扉が開く。
中から流れ出てくるのは、外よりも静かな空気。張り詰めているのに、澄んでいる。
──ここから先は、説明される側だ。
そう思った瞬間、机の向こうに立つ男の姿が、視界に入った。
──エルヴィン・スミス。
すべてを見通すような視線が、まっすぐこちらを向く。
リヴァイ兵士長は一歩だけ前に出る。私はその半歩後ろで、足を踏み入れた。
扉が閉まる音が、背後で静かに響く。
その音が、今までの日常を完全に切り離した合図のように聞こえた。
外の気配が、完全に遮断された。
団長室は、思っていたよりも簡素だった。余計な装飾はなく、机と椅子、壁際の書架だけ。
けれど空気だけは、はっきりと違う。
エルヴィン・スミスは、机の向こうに立っていた。
書類から視線を上げ、私を見る。
その目は、値踏みでも観察でもない。
──すでに知っている、という目だ。
一瞬。
何も言われない。
その沈黙が、"来ると分かっていた"そう告げているようで、喉の奥がわずかに詰まる。
エルヴィン団長は、ゆっくりと口を開いた。
「……君が来たか。」
団長は私から視線を外し、一度だけリヴァイ兵士長を見る。私ではなく、リヴァイ兵士長に向けられた言葉。問いではない。確認でもない。事実を、静かに受け取る言い方。
互いに、言葉はない。
けれど、何かが共有されたのが、はっきり分かる。
私は、背筋を伸ばす。
この場に立っているという事実だけが、否応なく答えになっている気がした。
それから、ようやく。
エルヴィン団長は、机に置かれた書類に手を伸ばした。
「──では、話をしよう。」
そこで初めて、説明が始まるのだと理解した。
エルヴィン団長は、机の向こうに立ったまま、私を見る。
「書類は、読んだか。」
問いは簡潔だった。感情も含みも、ほとんどない。
「……はい。」
そう答えると、団長は小さく頷く。
「なら、概要は把握しているな。」
机に置かれた書類に視線を落とし、淡々と言葉を続ける。
「内地で行われる、他兵団との合同確認作業。その一部に、君の名前が入った。期間は未定。指示は、その都度下りる。」
説明は事務的で、簡潔だった。余計な言葉はない。
私は口を挟まず、ただ聞く。
質問をする余地は、意図的に与えられていない。
それが分かるから、黙っている。
一通り話し終えると、エルヴィン団長は顔を上げた。
「……気にならないのか。」
唐突だった。けれど、試すような響きでもない。
私は一瞬だけ迷ってから、正直に答える。
「……気になります。」
少し間を置き、続けた。
「ですが……教えてくださるんですか。」
団長は、すぐには答えない。視線を私に向けたまま、ほんのわずかに、口角を緩めたように見えた。
「なぜだと思う。」
問い返し。
答えを求めているようでいて、正解を用意していない言い方。
私は、言葉に詰まる。
考えはある。けれど、どれも確信には至らない。
沈黙が落ちる。
その間も、エルヴィン団長は待つ。急かさない。導かない。部屋の空気が、少しずつ重くなる。
その時──
「……回りくどい。」
低い声が、横から差し込んだ。
リヴァイ兵士長だった。
腕を組んだまま壁に寄りかかり、明らかに苛立ちを隠していない。
「結果だけ言え。」
エルヴィン団長は、ゆっくりとリヴァイ兵士長を見る。
咎めるでもなく、制するでもない。ただ、一拍置いてから──視線を私に戻した。
「……そうだな。」
そして、ようやく。
「君が異動願を出した。それを、中央が通した。そして、こちらが受け取った。」
一つずつ、確かめるように言う。
「理由は、一つではない。」
そこで、言葉を切る。
沈黙。
痺れを切らしたように、リヴァイ兵士長が低く言った。
「要するにだ。動いたからだ。──お前が。」
それ以上の説明はない。
けれどその一言で、ここに至るまでの流れが一本の線になる。
エルヴィン団長は、否定しなかった。ただ静かに、私を見ている。
──答えは、もう逃げ場のない形で置かれていた。
私は、背筋を伸ばす。
理解が追いつくより先に、ここに立っている意味だけが、はっきりと胸に残っていた。
私は、一度だけ息を吸った。
考えがまとまったわけじゃない。けれど、ここで黙ったままなのは、違う気がした。
視線を上げる。
エルヴィン団長でもなく、リヴァイ兵士長でもなく、ただ、正面を見て──
「……務めます。」
それだけ言った。
誓いでも、決意表明でもない。今の自分に出せる、精一杯の答え。
エルヴィン団長は、すぐには反応しない。けれど、ほんの一瞬だけ──その目に、確かな手応えが宿った。
リヴァイ兵士長は、鼻で小さく息を吐く。
それが肯定なのかどうか、私にはまだ分からない。
ただ──ここから先に進む事だけは、もう疑われていなかった。
沈黙が、少しだけ続いた。
やがてエルヴィン団長は、椅子から立ち上がる。
動作はゆっくりで、急かす気配はない。
机を回り込み、私の前で足を止めた。
「──そうか。」
それだけ言って、手を差し出される。
強くも弱くもない。試すようでも、躊躇うようでもない。受け取る前提の動きだった。
一瞬だけ迷ってから──私はその手を取る。
指先が触れ、掌が合わさる。握手は短い。
けれど、確かだった。
言葉にしなかった分まで含めて、受け取られた気がした。
手が、離れる。
「詳細は、追って伝える。」
業務の話に戻る声。それでいて、どこか柔らかい。
私は小さく頷き、一歩下がる。
そのとき──視線を感じて、顔を上げる。
リヴァイ兵士長が、こちらを見ていた。
表情は変わらない。声もない。ただ目だけが、まっすぐ向いている。
一瞬。
本当に、ほんの一瞬だけ。
そして、先に視線を外された。
それだけだった。
けれど胸の奥で、何かが静かに定まる。
ここに立つ事。進む事。それを、もう一度問われる事はない。
私は背筋を伸ばす。
扉の外には、まだ知らない日常が待っている。けれどもう、戻る理由はなかった。
調査兵団の団長室で、私は、確かに一歩を踏み出した。