第3章
夢小説設定
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廊下を曲がったところで、ひそひそとした声が耳に入った。
「……団長がさ、」
「え?」
「ユニの頭、ぽんって。」
足を止めるほどでもない。でも、聞き流すには少しだけ近い距離だった。
(……私の話、だよね。)
振り返らない。確認もしない。ただ、通り過ぎる。
胸がざわつく、というほどでもない。怒りも、戸惑いもない。
ただ、ひとつだけ。
(頭、撫でられたくらいで、噂になるんだ。)
そう思った。
それは事実として、意外だっただけだ。
自室に戻り、夜。
机に向かって、ノートを開く。
まずは、今日あったことを簡単に書く。
──噂を耳にした。
──団長が、私の頭を撫でた、というものだった。
ペンが、少し止まる。
事実として書き終えてから、一拍おいて、続きを書く。
──嫌ではなかった。
文字にしてから、少し考える。
嫌じゃなかった。でも、嬉しかった、とは少し違う。
不快でもなく、拒む理由もなく。ただ、自然だった。
前の自分なら、ここで線を引いていたはずだ。
「上官としての行動」「それ以上でも以下でもない」
そうやって切り分けて、終わらせていた。
でも今は、線を引かなかった。引こうともしなかった。
ページの端に、小さく書き足す。
──撫でられた事自体より、それを"特別扱い"だと否定しなかった自分が、気になる。
そこで、別の考えが浮かぶ。
──じゃあ。私が、リヴァイ兵士長と普段している事は?
並んで歩く事。距離が近い事。何も言わなくても、そばにいる事。
それを、誰かが外から見たら。
……噂になる、のかもしれない。
ペン先が、止まる。でも、不安にはならない。
怖さは、ある。けれど、混乱はない。
ページを閉じて、深く息を吐く。
(分からなくてもいい。)
(今の私は、ちゃんと立ってる。)
誰かにすがっていない。仕事も、自分も、保てている。
ハンジさんの言葉が、ふと蘇る。
「ユニは、元気そうだからさ。」
他人の目にも、私は大丈夫に見えている。
それなら、答えを急ぐ必要は、ない。
今日は、ここまで。
私はノートを閉じ、灯りを落とした。
噂は、噂のまま。
けれど自分の日常を、少しだけ外側から見る材料として。
確かに、胸の奥に残っていた。
──────────────
団長室に、午後の光が差し込んでいる。
書類に目を落としたまま、俺はペンを走らせていた。……はずだった。
「団長。」
扉の向こうから、控えめな声。
報告の内容は、特別なものではなかった。
ただ「最近、妙な噂が流れています」という、いつものあれだ。
内容を聞いて、俺は一瞬だけ手を止める。
──あぁ。そうか。
もう、そこまで行ったか。
報告が終わり、部屋に1人になる。
俺は背もたれに体を預け、小さく息を吐いた。
「……参ったな。」
声に出してみるが、困ったというよりは、どこか苦笑に近い。
思い返す。数日前の事だ。
廊下でユニの顔を見て。成長したな、とただ、それだけを思って。
ぽん、と。ほんの一瞬、頭に手を置いただけだった。
励ますつもりでも、意味を持たせるつもりでもない。
あれは上官として、人として。それ以上でも、それ以下でもなかった。
(……だが、)
兵団という場所は、人の視線が多すぎる。
静かな関係ほど、目立つ。
何も言わず、何も宣言していない2人だからこそ、周囲が勝手に意味を足していく。
机の上に肘をつき、指を組む。
噂は、もう止まらないだろう。
だが──この程度で、崩れる関係ではない。そう思える。
ユニは、噂に振り回されるほど脆くない。
リヴァイも、他人の言葉で判断を変える男ではない。
むしろこうして外から光が当たったことで、2人が、自分自身を意識するようになるなら。
それは、悪い変化ではない。
「……関与する気はなかったんだがな。」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
だが、もう起きてしまった以上──
俺は、軽く肩をすくめた。
「仕方ない。」
責任を取る、というほど大げさではない。
ただ、見守る。必要なら、止める。それだけだ。
俺は再びペンを取り、書類に視線を戻す。口元には、かすかな笑み。
「さて……、」
心の中で、静かに結ぶ。
2人がどういう答えに辿り着くのか──それを見届けるくらいの役目は、引き受けよう。
参ったな、と思いながら。
──実のところ少しだけ楽しみにしている自分を、俺は否定できなかった。