第3章
夢小説設定
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廊下の先で、エルヴィンとユニが話しているのが見えた。
内容までは聞こえない。ただ、ユニの表情が──少し、柔らいでいる。
報告か、雑談か。どちらでもいい。
エルヴィンが、話を終える。
そしてほんの一瞬だけ。ぽん、とユニの頭に、手を置いた。
撫でる、というほどでもない。力も、間も、意味も──軽い。
労い。評価。成長を喜ぶ、あの男特有の仕草。
それだけだ。
エルヴィンは何事もなかったように手を離し、そのまま歩き去っていく。
ユニは一瞬きょとんとして、それから、少し照れたように目を伏せた。
……。
胸の奥が、きしむ。
不快ではない。怒りでもない。ただ理解できすぎて、腹が立つ。
あれは許される。立場も、関係も、距離も、全部が正しい。
俺が同じことをしたら──それは、越える。
分かっているからこそ、何も言えない。
視線を逸らす。
ユニはもう、前を向いて歩き出している。
……クソ。
俺は、いつからこんな事で思考を使うようになった。
理性は、まだ働いている。
だが「我慢する事」に慣れ始めている自分が、いちばん気に入らなかった。
─────────────
兵舎の廊下。昼と夕方の間の、少し気の抜けた時間。
壁にもたれて休んでいた兵士達の間で、声が落とされた。
「なぁ……聞いたか?」
「何を?」
「こないださ、団長がユニの頭……ぽん、ってしてた。」
一瞬、沈黙。
「……は?」
「いや、俺も目を疑ったんだけどな。本当に一瞬だぞ。慰めるとかじゃなくて、通りすがりに。」
「それって……どういう意味だ?」
肩をすくめる。
「さぁ。団長だし、深い意味はないんじゃねぇの?」
別の兵士が、少し考えるように言う。
「でもあの2人、前から仲はいいよな。雑談してるの、結構見るし。」
「あー……確かに。報告だけじゃなくて、普通に話してる時あるよな。」
「上官と部下、って感じはするけど……距離は、近い。」
誰かが、小さく笑う。
「まぁ、あの団長だぞ。頭ぽん、くらいで色々考えすぎじゃね?」
「だな。」
軽く流すような笑い。
けれど誰もが、その光景を「ただの業務」とは言い切れずにいた。
「……それにさ、」
最後に、ぽつりと。
「ユニって、最近ちょっと変わったよな。」
「変わった?」
「あぁ。なんつーか……落ち着いた、っていうか。前より、ちゃんと前向いてる感じ。」
「……分かる。」
噂は決めつけにも、結論にもならない。
ただ"気づいた事"が共有されただけ。
それだけなのに──静かに、確実に、周囲の視線は更新されていく。
そして誰も、その中心にいる2人が、まだ何も言葉にしていないことまでは知らない。
─────────────
書類の山に目を落としていると、ノックもなしに扉が開いた。
「やぁ、リヴァイ。」
聞き慣れた声。視線を上げなくても、誰か分かる。
「……何の用だ。」
「兵団内で流れる噂、いっつもユニ関連だよね。」
ペン先が、止まる。
「……くだらねぇな。」
「え、あれ。知ってたの?」
「嫌でも耳に入る。」
事実だ。知ろうとしなくても、避けようとしても、あぁいう類の話は勝手に流れ込んでくる。
数日前の光景が、脳裏をよぎる。
──ほんの一瞬。本当に、一瞬だけ。
エルヴィンの手が、ユニの頭に置かれた。
ぽん、と。
励ますでも、褒めるでもない、ただの軽い接触。
「でもさ、」
ハンジが、楽しそうに続ける。
「ユニの頭、撫でたくなる気持ちは分かるなぁ。かわいいもん。」
……余計なことを言う。
「ねぇ、私も撫でていい?」
顔を上げる。
「……なぜ俺に聞く。」
低く、切るように言う。
ハンジは一瞬だけ目を細めて、すぐに笑った。
「あ、やっぱり自覚あるんだ。」
……クソが。
舌打ちを、心の中で噛み殺す。
エルヴィンの行動に文句を言う筋合いはない。
あれは上官としてのものだ。正しい。何ひとつ、間違っていない。
それなのに……頭に残るのは、あの一瞬の光景だ。
ユニが、拒まなかった事。驚きながらも、受け入れた事。
──それが、自分にとって「見過ごせない」理由だと、分かってしまう。
「許可を取るなら、俺じゃなくユニに言え。」
低く言う。
ハンジは笑った。
「それはご尤もだ。」
そう言って軽く肩をすくめ、踵を返す。
「無理だけはしないでよ、リヴァイ。」
扉が閉まり、室内に静寂が戻る。
ペンを持ち直すが、すぐには動かせなかった。
──慣れてきている。
抑える事に。我慢する事に。こういう感覚を、飲み込む事に。
それが一番、危ない兆候だというのに。
俺は小さく息を吐き、視線を再び書類に戻した。
……くだらねぇ。
そう何度目か分からない言葉を、心の中で繰り返しながら。
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