第3章
夢小説設定
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風が、刺す。ただ冷たいだけじゃねぇ。骨の隙間に入り込んで、体温を奪う類の寒さだ。
外での業務。装備は問題ない。上着も、防寒も、規定通り──
……いや。
視界の端で、違和感が引っかかる。
首元。
……マフラーが、ねぇ。
俺は歩調を落とし、ユニの横に並ぶ。
「ユニ。」
呼ぶと、すぐに顔が上がる。
「マフラーはどうした。」
一瞬だけ、言葉に詰まったのが分かった。
「……先日、外での業務中に……街の子供に、あげてしまって……まだ、買い直せてなくて。」
……あぁ。そういう理由か。
舌打ちしそうになって、飲み込む。
叱れる理由じゃねぇ。むしろ──余計に、腹が立つ。
こんな日に、それを着けてない事自体に、だ。
俺は足を止める。
「え、あの……?」
構わず、自分の首元に手を伸ばす。
巻いていたマフラーを外し、そのまま、ユニの方へ。
「えっ、あの、これでは──リヴァイ兵士長が……!」
言葉が終わる前に、無言で首に巻く。手つきは乱暴じゃねぇ。だが、躊躇もない。
「いいから、黙って巻いてろ。」
ユニの体が、少しだけ強張る。
「でも……。」
その声に、俺は思ったより低い声で言っていた。
「……また風邪でもひかれたら、たまったもんじゃねぇ。」
それで、ようやく大人しくなる。
……まったく。
マフラー越しに、自分の体温が伝わっていくのが分かる。
それと同時に──気づく。
俺の、匂いだ。
当然だ。毎日使っている。
洗ってはいるが、完全に消えているわけじゃない。
ユニが、無意識に息を吸う。
一瞬、喉が詰まる。
……クソ。
これは、良くない。必要だからやった。防寒としては、正しい。
だが──
(俺の、匂いがつく。)
その事実が、妙に頭から離れない。
「……前、向いて歩け。」
それだけ言って一歩、距離を取る。
近くにいすぎると、余計な事を考える。
風が吹く。
俺の首元に、冷たい風が、直接当たる。
……寒い。
白い息が、2人分重なる。
──早く、業務を終わらせろ。
俺は自分にそう言い聞かせながら、視線を前に固定した。
背後で、マフラーの端が揺れている。
それがやけに目に焼き付いて、しばらく消えなかった。
──────────────
仕事を終えて、自室に戻る。
扉を閉め、ようやく肩の力を抜いたところで──首元に残る重みが、ふと気になった。
マフラー。
……あ。
指先で掴み、ゆっくりと外す。
見慣れない色。見慣れない質感。
──リヴァイ兵士長のだ。
完全に、返し忘れていた。
今さら気づいても、もう遅い。このまま持って行って返すには、時間も時間だ。
少し考えてから、ため息をひとつ。
「……洗ってから、返そう。」
その方が、いい。当たり前だ。上官の私物を借りて、そのまま返すなんて失礼だし。
それに──無意識にマフラーに顔を近づけてしまって、はっとする。
……匂い。
洗剤でも、外気でもない。微かに残る、あの人の匂い。
昼間外で感じたそれよりも、ずっと近くて、はっきりしている。
胸の奥が、きゅ、と小さく縮んだ。
……落ち着こう。
マフラーを机の上に置き、椅子に腰を下ろす。
ノートを引き寄せ、ペンを取る。
最近、もう癖みたいになっている動作だ。
新しいページを開き、今日の日付を書く。
それから、少し迷って──ゆっくりと、言葉を並べ始める。
──冬の外での業務中、マフラーをしていなかった私に、リヴァイ兵士長は自分のマフラーを巻いてくれた
ペンが止まる。
事実だけを書いたはずなのに、指先が、少し熱い。
深呼吸して、続ける。
「また風邪でもひかれたら困る」と言われた。
口調は厳しかったが、行動は迷いがなかった。
ここで、少し考える。
上官としての配慮。部下の体調管理。
それだけなら、説明はつく。
……つく、けれど。
ペン先が、紙の上で止まったまま動かない。
頭の中に浮かぶのは、今までの事。
・位置を直された事。
・近くに立たれる事。
・体調を細かく確認されるこ事。
・夜遅くまで起きていると、様子を見に来る事。
そして──今日の、マフラー。
私は、静かに書き足す。
──これは、上官の距離だろうか。他の部下にも、同じ事をしているだろうか。
問いの形で書いたはずなのに、答えは、もう浮かびかけている。でも、ここでは結論を出さない。
出さなくていい。
今は、整理する段階だ。
ペンを置き、机の上のマフラーを見る。
洗って、返す。それは、決めている。
けれどマフラーを手に取った瞬間、ふと、あの時の表情が脳裏をよぎった。
眉間に寄った皺。短く、吐き捨てるような声。
──余計な事を気にするな、とでも言いたげで。
けれど実際には、どうしてそんな言葉が出たのか、自分でも測りかねているような。
上官としてなら、そんな細かいことに言及する必要はない。寒さ対策として渡した。それだけで、説明は足りるはずだ。
それなのに。
手の中のマフラーから、かすかに残る気配に思考が引き戻される。
胸の奥に残る、言葉にしなかったはずの感覚。
これは──自分でも、まだ整理できていない違和感だった。
私は、ノートを閉じる。
今日は、ここまで。
マフラーを丁寧に畳み、明日洗うために準備してから、ベッドに向かった。
──これは、ただの過保護なのか。それとも。
その答えは、まだ少し先にありそうだった。
◇
朝の空気は、まだ冷たい。
窓の外は明るくなりきらず、冬の朝特有の張りつめた静けさが残っている。
私は、畳んだマフラーを両手で持った。
一晩、置いた。洗って、乾かして。柔軟剤の匂いが残らないように、何も足さずに。
──返そう。
それだけを考えて、廊下に出る。この時間なら、もう起きているはずだ。
リヴァイ兵士長の執務室の前で、一度だけ足が止まる。
深呼吸をしてから、ノックをする。
「……入れ。」
低い声。
扉を開けると、いつも通りの光景だった。
机。書類。そして、こちらを見る鋭い視線。
「おはようございます。」
「……あぁ。」
リヴァイ兵士長の視線が、すぐに私の手元へ落ちる。
マフラー。
それを確認して一瞬、眉が動いた。
私は一歩前に出て、差し出す。
「先日は、ありがとうございました。洗ってあります。」
必要以上の言葉は、足さない。
リヴァイ兵士長は数拍黙ったまま、それを見る。それから、無言で受け取った。
指先が、僅かに触れる。ほんの一瞬。
「……気にするな。」
短く、それだけ。
机の端に置かれるマフラー。
視線が戻る。もう、この話は終わりだと言うように。
「……はい。」
私はそれ以上何も言わず一礼して、踵を返す。
廊下に出た瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
返した。ちゃんと。
上官の物は、上官のところに。それでいい。
……はず、なのに。
歩きながら、首元に何もない事に気づく。冷たい空気が、直接触れる。ほんの少しだけ、寒い。
私は無意識に、指先で襟元を押さえた。そして、小さく息を吐く。
これで、いい。
そう自分に言い聞かせて、足を進めた。
朝の兵舎は、いつもと変わらない音を立て始めていた。