第3章
夢小説設定
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訓練が終わったあと。兵舎へ戻る途中の廊下。
装備を外しながら、数人の兵士がだらだら歩いていた。
「……なぁ。」
1人が、何でもない調子で言う。
「最近さ、リヴァイ兵長とユニ。」
「ん?」
「もう、普通じゃね?」
別の兵士が、首を傾げる。
「普通って?」
「いや……その"普通"だよ。」
少し考えてから、言い直す。
「距離とか、立ち位置とか。声かけるタイミングとか。」
「……あぁ。」
納得したように、息を吐く。
「前はさ、近いのか近くないのか分かんなかったけど。今は──もう、そういう"型"ができてるよな。」
「分かる。」
「一緒にいるのが前提、みたいな。」
誰かが、小さく笑った。
「この前なんてさ、兵長がユニのマント、直してたぞ。」
「……え?」
「肩のとこずれてるの見て、無言で引っ張って、整えてた。」
「無言で?」
「あぁ。声もかけずに、当然みたいに。」
別の兵士が、思い出したように続ける。
「俺はな、訓練の待機中に見た。」
「何を?」
「ユニが寒そうにしてたら、兵長が自分の立ち位置、半歩ずらしたんだ。」
「……半歩?」
「風避け。何も言わずに、前に立つ位置を変えてた。」
一瞬の沈黙。
「……それ、もう言い逃れできなくないか?」
「まだあるぞ。」
さらに別の声。
「書類室でな、ユニが重そうに箱持ってたら、兵長が先に箱を取ってた。」
「"持つな"とか?」
「いや。"どけ"だけ。」
「……優しいな。」
「いや、怖かったぞ。完全に"俺の管轄だ"って顔だった。」
くす、と誰かが笑う。
「この前なんて、ユニが咳してたら兵長が真っ先に水持ってきてた。」
「医務室の前で?」
「違う。廊下。」
「……それ、見回りの範囲超えてないか?」
「だよな。」
少し間が空いて、誰かがぽつりと言った。
「もうさ……、」
「うん?」
「普通に、夫婦みたいじゃね?」
一瞬、静かになる。しかし否定の声は、出なかった。
「……いや、夫婦っていうか。」
「何だよ。」
「まだ、本人たちが自覚してない感じのやつ。」
「一番めんどくさいやつじゃねぇか。」
小さな笑いが起こる。
「でもさ、兵長がああやって誰かの世話焼くの、他に見た事あるか?」
「……ないな。」
「だろ?」
「じゃあ、やっぱり……、」
言葉の続きを、誰も口にしなかった。けれど、全員が同じことを思っていた。
──もう噂じゃない。
ただ本人達だけが、まだ気づいていないだけ。
遠くの廊下の向こう。ちょうど曲がり角で、ユニがリヴァイの隣を歩いていくのが見えた。
言葉は、聞こえない。距離も、近すぎない。
でも──並び方だけで、分かる。
「……あれ見て、今さら何言うんだって話だよ。」
誰かがそう言って、皆、歩き出した。
噂は、もう広がらない。代わりに──当たり前として、そこにある。
そんな空気だけが、兵舎に静かに残っていた。
──────────────
団長室。
窓際に立ち外を眺めているところに、ノックもなしに部屋へ入ってくる気配。
そんな事をするのは、リヴァイか、ハンジしか思い当たらない。
「ねぇエルヴィン。」
ハンジだ。
呼びかけの声が、いつもより少しだけ低い。
「また、面白い噂が回ってるよ。」
特に振り返る事もせず、窓の外を眺めたまま応じた。
「"面白い"と言うからには、君の好奇心を刺激した内容なんだろう?」
「うん、刺激はされた。でも今回は、半分くらいは心配かな。」
ハンジは机の端に腰を預ける。
「この前さ、リヴァイがユニのマント、無言で直してたらしいよ。」
「無言で?」
思わず口元が、僅かに緩む。
「それから訓練の待機中にさ、風向き変わった瞬間、位置を微調整したって。」
「彼女だけ、だろう?」
「そうそう。しかも本人は、何事もなかった顔。」
ハンジは肩をすくめる。
「もうさ、周りから見たら完全に“日常”なんだよね。」
一拍。
「……それが、心配だと?」
ようやく振り返り、視線を合わせる。ハンジは少し考えてから、頷いた。
「リヴァイの方がね。ずっと踏みとどまってるでしょう、あれ。」
「ユニは?」
「最近のユニは──」
ハンジは、フッと笑った。
「変な力、抜けた顔してる。前みたいに、探るようでも怯えるようでもなく、自分の足で立ってる感じ。」
俺は、その言葉を噛みしめるように黙った。
「なら、問題はない。」
静かな断言。
「彼女が自分で立っているなら、誰かが支えすぎる必要もない。」
「……ずいぶん、割り切ってるね。」
「信頼しているだけだ。」
そう、信頼だ。
「2人とも。リヴァイが自分で決め、ユニが自分で気づいた。それ以上、外から心配してやることはない。」
ハンジは少しだけ、目を細めた。
「ほんと、エルヴィンは余裕だなぁ。」
「君が心配性すぎるだけだ。」
「それは否定しない。」
けれど、とハンジは付け足す。
「踏み越える時って、静かな顔してやってくるからさ。」
「……その時は?」
「その時は──」
俺は、窓の外に視線を戻す。
「本人達が、一番よく分かっているだろう。」
沈黙。外では、誰かの笑い声が聞こえる。
ハンジは、肩の力を抜いた。
「ま、そうだね。最近のユニ見てると、私も少し安心してるし。」
「だろう?」
「うん。」
ハンジは笑う。
「だから心配半分、面白半分。」
「ひどいな。」
「でも、嫌いじゃないでしょ?」
俺は口を開かず、ただ穏やかな気持ちのまま、窓の外を見続けていた。
──────────────
廊下の角を曲がる前に、声が耳に入った。
「……もう普通に、夫婦みてぇよな。」
足が、一瞬だけ止まる。
「この前なんてさ、兵長がユニのマント、直してたぞ。」
「無言でな。」
低い笑い声。
「俺はな、朝だ。ユニが寒そうにしてたら、兵長が一歩前に出て、風を遮ってた。」
「言葉は無し?」
「無し。」
別の声が続く。
「この前談話室で寝てたユニを、兵長が起こさねぇで見張ってたのも見た。」
「見張ってたって言い方やめろ。」
「いや、あれは見張りだろ。」
──くだらねぇ。
胸の奥で、そう吐き捨てる。
足を進める。わざと、音を立てて。
途端に、空気が変わる。
「……っ!」
「へ、兵長!」
敬礼。視線が揃って、前を向く。
俺は立ち止まりもせず、一言だけ落とす。
「噂話をする暇があるなら、手を動かせ。」
「は、はい!」
返事は揃っている。規律も、問題ない。
……問題は。
通り過ぎた後も胸の奥に残る、ざらつきだ。
──夫婦?
──見張り?
──無言で、マントを直した?
思い当たる節が、いくつも浮かぶのが腹立たしい。
「……クソが。」
小さく、吐き捨てる。
否定できない。誤解だとも、言い切れない。それが一番、厄介だった。
俺は歩きながら、自分の手を見る。
あの時、無意識に動いた手。
考えるより先に、守る位置を取っていた身体。
──くだらねぇ噂だ。
そう思う一方で。
(……外から見りゃ、そう見えるか。)
その事実を、頭のどこかで認めている自分がいる。
舌打ちをひとつ。
理性はまだ、繋ぎ止めている。
だが噂になるほど隠せていないのも、事実だ。
──クソが。
もう一度だけ、今度は、はっきりと。
誰にも聞こえない声でそう呟いて、歩みを速めた。