第3章
夢小説設定
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執務室は、静かだった。
紙をめくる音と、ペン先が走る音。それだけが、一定のリズムで続いている。……はずだった。
視界の端。ソファの方に、人影がある。
ユニだ。
今日は休みのはずだが、何の断りもなくいつものように入り、いつものように座っている。
膝の上には、一冊の本。厚い。文字も細かい。
エルヴィンの趣味だろう。余計な感情表現のない、思考を要求する類の本だ。
最初は、背筋を伸ばして読んでいた。
だが時間が経つにつれて、姿勢が少しずつ崩れていく。
背中が丸くなり、首が前に落ち、いつの間にか、ソファの背に肩を預けている。
集中している証拠だ。
声はかけない。邪魔をする理由がない。
ふと、ユニが立ち上がった。
何か言うかと思ったが、そのまま給湯の方へ向かう。
しばらくして戻ってきた手には、カップがふたつ。
ひとつは自分の分。もうひとつは──
何の迷いもなく、俺のデスクの端に置かれる。
「……。」
礼も、確認も、ない。
置いてまたソファに戻り、本を開く。
それだけだ。
湯気が、かすかに立ちのぼる。紅茶の匂い。
……気がつけば、肩の力が抜けていた。
無意識だ。
背中の奥に溜まっていた緊張が、少しずつほどけていく。
何も言われていない。何も求められていない。
ただ同じ空間にいて、それぞれの事をしているだけ。
──それだけでいい。
俺は、置かれたばかりの紅茶に手を伸ばす。
一口。
……温い。
ちょうどいい。
視線を上げると、ユニは本に顔を近づけたままページをめくっている。
背中は丸い。無防備だ。
守ろうとも、触れようとも思わなくていい距離。
今は、それでいい。
俺は、再び書類に視線を落とす。
静かな時間が、執務室に満ちていった。
──こういうのも、悪くない。
そう思っている自分に、気づかないふりをしながら。
───────────────
今日は、休日。
朝から空が明るくて、風も、少しだけ夏の匂いがする。
──今日は、読み切れるかもしれない。
そんな予感を胸に、私は本を抱えて談話室に向かった。
リヴァイ兵士長は会議で不在。だから、今日はここでもいい。
絨毯の上にうつ伏せになって、本を開く。
最初は、ちゃんと肘を立てて、姿勢も気にしていた。
……はず、なのに。
文字を追ううちにだんだん背中が丸くなって、腕の力も抜けていく。
昨夜。少しだけ、遅くまで読んでしまった。
あと数ページ。あと、もう少し。
そう思ったところで、意識がフッと落ちた。
◇
……静かだ。
暖炉は使われていないのに、なぜか空気が落ち着いている。
目を開ける前に、気配で分かった。
すぐ、そば。人がいる。
ゆっくり目を開けると、視界に入ったのは本を持つ手。
ページを、ぱらり、ぱらりと捲る音。
……リヴァイ兵士長。
こちらは見ていない。ただ、私の本を眺めているだけ。
声をかけようとして、ふと、思い直す。
──少しだけ。
もう少しだけ、目を閉じていよう。
そう思って、再び瞼を下ろした、その瞬間。
「……寝たフリか?」
低い声。
……ばれてた。
「……!」
思わず、目を開ける。
「す、少し……微睡んでいただけです……。」
起き上がろうとして、慌てて言い訳をする。
「……どうかされましたか?」
リヴァイ兵士長は本を閉じて、元の位置に置いた。
視線は、まだこちらに向かない。
「いや……何も。」
いつもの、短い返事。
一拍。
少し迷ってから、私はぽつりと口にした。
「……探しに、来てくれたんですか?」
前にも、言った言葉。
「は……?」
予想通りの反応。
私は、思わず小さく笑った。
「……ふふ。今回は、先にちゃんと行き先をお伝えしましたもんね。」
あの約束——どこに行くか、ちゃんと伝える、と。
「寝るつもりはなかったんですが……、」
本に視線を落とす。
「これじゃ、今日中に読み終わるのは無理かもしれませんね。」
少し残念で、でも、不思議と焦りはなかった。
「……そうか。」
短く返されるその声は、どこか柔らかい。
私はゆっくり起き上がって、提案する。
「今日はもう諦めて、ティータイムにしようと思います。」
少し間を置いて。
「……ご一緒して、頂けますか?」
ほんの一瞬。それから。
「……あぁ。」
それだけ。
でも、それで十分だった。
本を閉じて、談話室の窓に視線を向ける。
明るい午後。
今日は、読了じゃなくてもいい。
今は、この時間を選びたかった。