第3章
夢小説設定
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朝の廊下は、少し騒がしい。
点呼を終えた兵士達が行き交い、日常が本格的に流れ始める時間帯だ。
私は書類を抱えたまま、執務室へ戻ろうとしていた。その足取りが、ふと止まる。
視界の端で、こちらに向かってくる小さな影があった。
「エルヴィン団長。」
呼ばれて顔を上げると、こちらへ向かってくるユニの姿があった。
歩幅は小さいが、迷いがない。用がある時の、それだ。
「おはようございます。」
「あぁ、おはよう。」
いつも通りの挨拶。だが彼女はそのまま立ち去らず、一拍置いてから少しだけ視線を上げた。
「今日は……お忙しいですか?」
控えめだが、逃げ腰ではない聞き方。
「いや、今はそこまで立て込んではいないが。」
そう答えると、彼女の表情がほんの僅かに緩んだ。
「何かあったのか?」
「午後、少しだけ──お時間を、作っていただけますか?」
依頼というより、お願い。しかも、理由は言わない。
……なるほど。
「構わないよ。」
そう言うと、彼女は小さく頷いた。
「ありがとうございます。では、後ほど伺います。」
そう言って、足取り軽く去っていく。
──用件を言わずに、時間だけ押さえる。
以前なら、もっと遠慮がちだっただろう。
私はその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
関係は、確実に変わっている。それは、悪い意味ではない。
◇
午後。
予定していた時間より少し早く、団長室の扉がノックされた。
「どうぞ。」
扉が開く。
「失礼します、エルヴィン団長。」
ユニだ。
そして──その手には、小さな箱。見覚えのある包装だ。
「……それは?」
私が視線を向けると、彼女は少しだけ照れたように笑った。
「少し、休憩しませんか。」
そう言って、箱を持ち上げる。
「差し入れです。」
言い切り。遠慮はない。だが、押し付けでもない。
「ほぅ……。」
私は、思わず口元を緩めた。
「私が休憩を取る前提、なんだな。」
「はい。」
即答だった。
「お仕事が一区切りつく頃だと思って。」
……見られている。それも、よく。
「では、ありがたくいただこう。」
そう言うと、彼女は安心したように小さく息を吐いた。
箱を開ける。中には、ケーキ。
量は控えめだが、選び方が、いかにも彼女らしい。
「甘いものは、お好きですか?」
「嫌いではない。」
むしろ、こういう時間は久しぶりだ。
応接用の椅子に腰を下ろす。向かい合う形。
彼女は、座り方が自然だった。
以前のような、「ここにいていいのか」という迷いがない。
「今日は、どうした?」
そう尋ねると、彼女は少し考えてから答えた。
「……理由は、特にありません。」
そして、続ける。
「ただ、エルヴィン団長とお話ししたくて。」
率直だ。駆け引きも、下心もない。
それがなおさら──胸にくる。
「そうか。」
私は、ケーキにフォークを入れながら言った。
「では、雑談という事でいいかな。」
「はい。」
小さく頷く。
その仕草が、不思議と以前より柔らかい。
──彼女は、確実に前へ進んでいる。
自分の意思で。自分の速度で。
私はその様子を眺めながら、内心で思った。
この時間を作ったのは、彼女だ。
だが──こうして向かい合っているのは、私の方が嬉しいのかもしれない。
そんなことは、口には出さないけれど。
◇
ユニが去ってから、しばらく。
団長室には、元の静けさが戻っていた。……はずだった。
扉が叩かれる音。
ノックというより、存在を告げるための合図に近い。
「入れ。」
そう言うより先に、扉はもう開いていた。
予想通りの人物。
「どうした。」
リヴァイは返事をせず、部屋に入るなりそのままソファに腰を下ろす。
……座るのか。
少しだけ、眉が動く。
「……ユニが朝、お前のところを訪ねると言っていた。」
事実確認。それだけの口調だ。
腕を組み、視線は机でも窓でもなく、宙を彷徨っている。
「そんな事まで報告させてるのか?それとも、ユニが自主的に?」
探るようで、探っていない。
「……どっちでもいいだろ。」
短い返答。それで十分だった。
「午後、少し時間を取った。ケーキを持ってきてね。雑談だ。内容も、他愛のないものだよ。」
あえて、淡々と告げる。
「ユニは、今日は休みだ。何をしても、問題はないだろう?」
「……そうだな。」
即答だった。否定も、反論もない。だが立ち上がる気配は、ない。
ソファに腰を下ろしたまま、しばらく沈黙が続く。
その姿を横目に、俺は内心で息を吐いた。
(……本当に、かわいらしい2人だな。)
互いに踏み込まず、互いに気づいていて、それでも、線を越えない。
──いや。
(正確には、越えないようにしている、か。)
リヴァイは自分がここに来た理由を、きっと言語化できていない。それでも来た。
確認のため。安心のため。あるいは──自分を落ち着かせるため。
「……リヴァイ。」
名を呼ぶと、彼は僅かに視線を上げる。
「ひとつだけ、言っておこう。」
俺は、声の調子を変えない。
「君が思っているほど、ユニは無防備じゃない。」
反応はない。だが、聞いていないわけではない。
「それに──」
少し間を置く。
「君が守ろうとしている"線"は、もうずいぶん、内側に引かれているように見える。」
静かな言葉。責めても、試してもいない。ただの観察だ。
リヴァイは舌打ちもせず、代わりに、小さく息を吐いた。
「……余計なお世話だ。」
「だろうな。」
俺は苦笑する。
「だから、これ以上は言わない。」
一拍。
「ただ──君が限界に近づいているように見えるのは事実だ。」
それだけ告げる。
リヴァイはしばらく沈黙し、やがて静かに立ち上がった。
「用はそれだけだ。」
そう言って、踵を返す。
扉の前で一瞬だけ止まったが、結局何も言わずに出ていった。
残された団長室に、静けさが戻る。
俺は、窓の外に目を向ける。
春の光。穏やかで、逃げ場のない季節。
(……さて。次に踏みとどまれるかどうかは、彼自身次第だな。)
そう思いながら、俺は次の書類に手を伸ばした。
まだ、時間はある。
──だが、永遠ではない。