第3章
夢小説設定
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春先。
日中は暖かいのに、朝と夕方はまだ冷える。
廊下を歩いていると、どこかでくしゃみが聞こえた。
……私じゃない。
そう思った、次の瞬間──
「ユニ。」
後ろから、低い声。振り向くとリヴァイ兵士長が立っていた。
「はい。」
「手。」
短い指示。
一瞬きょとっとしてから、言われるまま両手を差し出す。
リヴァイ兵士長は私の手を見るだけで、触れない。
「洗ってきたか。」
「……いえ。今から行こうと……。」
「先に行け。」
即答だった。
「この時期は油断すると、すぐ体調を崩す。」
淡々とした口調。説教でも、心配を強調するでもない。ただ、事実を述べているだけ。
「戻ったら、水も飲め。喉が渇いてなくてもだ。」
「……はい。」
返事をしながら、少しだけ、胸の奥が温かくなる。
手洗いを終えて戻ると、今度は窓を指差された。
「換気。」
「えっ、寒くないですか?」
「数分でいい。空気がこもる方が、よほど良くねぇ。」
言われた通り、窓を開ける。
春の風が入ってきて、紙の端が、かさりと鳴った。
「……春は、厄介だ。」
独り言みたいに、リヴァイ兵士長が言う。
「寒暖差もあるし、埃も舞う。お前は、特にな。」
「……はい。」
特に、の理由は聞かない。
聞かなくても、分かっている気がしたから。
しばらくして、窓を閉める。
その様子を確認してから、リヴァイ兵士長はようやく視線を外した。
「無理はするな。倒れられると、面倒だ。」
いつもの言い方。
でも──その「面倒」は多分、ただの業務的な意味だけじゃない。
そう思ってしまう自分に、今日は目を逸らさなかった。
「……気をつけます。」
そう答えると、リヴァイ兵士長はそれ以上何も言わなかった。
ただ、いつも通りの距離で、いつも通りの位置にいる。
それだけなのに。
春は、やっぱり厄介だ。
◇
翌日──
廊下を歩いていると、背後から聞き慣れた低い声がかかった。
「ユニ。」
足を止めて振り向く。
「おはようございます、リヴァイ兵士長。」
「……手は、洗ったか。」
間髪入れずの問い。
「……はい。」
少し間を置いて答えると、視線が私の顔から、指先へと流れる。
「うがいもしたか?」
「え……。いえ……うがいまでは、していません。」
正直に答えた瞬間、僅かに眉が動いた。
「念のためやっておけ。終わったら、水分補給だ。」
即断即決。
「……分かりました。」
素直に頷くと、今度は周囲をぐるりと見回す。
「よし。換気は……できてるな。」
「昨日……リヴァイ兵士長に言われたので……。」
そう言うと、短く鼻を鳴らす。
「それでいい。毎日やれ。」
……毎日。
その言葉が、頭の中で少し遅れて反響する。
「……。」
私は、一拍置いてから口を開いた。
「……あの。」
「何だ。」
「もしかして……これ、毎日チェックされるやつ……ですか?」
言い切る勇気はなく、疑問形で、探るように。
リヴァイ兵士長は、一瞬だけこちらを見る。そして、何でもない事のように言った。
「当たり前だろ。」
即答。
「春は油断すると、すぐ崩す。お前は特にな。
……特に。
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「……はい。」
小さく返事をすると、満足したのかもう視線は前に戻っていた。
「行け。終わったら報告しろ。」
「はい。」
そう答えて歩き出しながら、私は内心で思う。
……これ、過保護、って言うんじゃないのかな。
でも不思議と、嫌な気はしなかった。
むしろ──忘れないようにしよう、と自然に思っている自分に気づいて、少しだけ、口元が緩んだ。
(手洗い、うがい、水分補給……換気も、毎日。)
……本当に、チェックされてるかもしれないし。
そう思うとなんだか可笑しくて、私は足取りを少しだけ軽くして、洗面所へ向かった。
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