第3章
夢小説設定
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ペンを置いて、ようやく息を吐いた。
……静かだ。
書いている間、部屋の中はほとんど無音だった。
自分の呼吸と、紙を擦る音だけ。
昨日まで真っさらだった紙は、いつの間にか文字で埋め尽くされている。
分類。書き写し。書き足し。
途中で手が止まる事もなく、考えが詰まる事もなかった。
──集中しすぎた。
時計を見る。
……お昼、過ぎてる。
「……仕事みたいだ。」
思わず、独り言が零れた。その瞬間。
──コン、コン。
控えめなノック音。
「ユニ。」
聞き慣れた低い声。
私は、慌てて立ち上がる。
「はい。」
扉が開く。
そこに立っていたのは、予想通りの人物だった。
「飯、食ってねぇだろ。」
断定。
「えっ、はい……。ちょうどひと区切りついたので、今から食べようかと……。」
そう答えると、リヴァイ兵士長は一瞬だけ室内を見回した。
机。紙。散らばったノート。
「……まだやってたのか。」
小さく、呆れたような声。
「昼飯だが、もうねぇぞ。片付けられてる。」
「えっ。」
思わず声が出る。
その反応を待っていたわけでもないのだろう。彼は手に持っていたトレーを、こちらに差し出してきた。
「……これが最後だ。」
押し付けるように渡され、反射的に受け取る。
スープ。パン。簡単な副菜。見覚えのある配膳。
「……あの。これ、リヴァイ兵士長のじゃ……?」
言い終わる前に、彼はもう踵を返していた。
「俺はもう食った。」
振り返らない。
「何時だと思ってる。」
そのまま、廊下へ向かう。
慌てて、背中に声を投げる。
「えっ、でも……!」
足は止まらない。
「程々にな。」
それだけ言って、角を曲がる。背中は、もう見えなくなった。
私は、トレーを持ったまま立ち尽くす。
……本当かな。
本当に、もう食べた?
だとしても──
一兵士が昼を食べていない事を気にして、わざわざ……取りに行くだろうか。
……普通は、しない。
胸の奥にまた、説明のつかない感覚が残る。
温かいスープの湯気が、ゆっくりと立ち上っている。
「……分からない。」
小さく呟いてから、トレーを机に置いた。
そしてもう一度、ノートに視線を落とす。
──分からない、から。
私は、ペンを取った。
「……これも、書いておこう。」
今日の出来事として。判断は、まだ先でいい。今はただ、残しておく。
それが、今の私のやり方だった。
◇
机の端に置いたトレーは、もう空だ。
スープの器も、パンの欠片もない。
……食べきった。
私は軽く息をついて、椅子に深く腰を預ける。
それから、視線を戻した。机の上に、紙が並んでいる。
ノートから書き写したもの。日付も、出来事も、順番も、ばらばら。
訓練の事。
任務の合間の、何気ないやりとり。
距離を取られて、戸惑った事。
名前を呼ばれた時の、胸の揺れ。
肩を掴まれた感触。
背中に手が伸びかけて、止まった瞬間。
……書いてみると、多い。思っていたより、ずっと。
私は1枚1枚を見比べながら、ゆっくりと並べ替えていく。
出来事ごとに。感情ごとに。
「これは……、」
指が止まる。
同じ出来事でも、"何が起きたか"と"どう感じたか"が、はっきり分かれている。
しかも──
(不安)
(安心)
(嬉しい)
(戸惑い)
そう書いてある紙の端に、決まって同じ名前がある。
……リヴァイ兵士長。
理由は分かっている。上司だから。行動を共にする時間が長いから。判断基準になる人だから。
でも──
私は別の紙を1枚、引き寄せる。
そこには、こう書いてあった。
──姿が見えなくて、不安になった。
──声が聞こえて、安心した。
──何も言われていないのに、位置を直された。
これは……上司としての指示、だろうか。
私は、少しだけ眉を寄せる。別の紙。
──昼食を持ってきてくれた。
──理由は聞かなかった。
──でも、何も言われない方が落ち着いた。
……これも。
また別の紙。
──止められた。
──力が、強かった。
──危険だった?
──でも、あの場で他の兵士は止められなかった。
書き並べて、見比べて、ようやく気づく。
私の気持ちは、いつも同じところで引っかかっている。
・そばにいるかどうか
・見えているかどうか
・離れそうかどうか
それに対して私は安心したり、不安になったりしている。
……前の私なら。
憲兵だった頃の私なら、こんな事、気にも留めなかった。
誰がどこにいようと、任務が終わればそれで良かった。
でも、今は──
私は紙の中央に、小さく書く。
──私は「そばにいる事」に、意味を感じるようになっている。
言葉にした途端、胸の奥がすとん、と静かになる。
良いとか悪いとかじゃない。正しいかどうかでもない。
ただ──そういう傾向がある。
それを、私は理解した。
ペンを置き、椅子に背中を預ける。
窓の外から、かすかに聞こえる声。姿は見えないけれど、そこにいる。
私は、無意識に息を整える。
……これも。
私は紙の端に、そう書き足した。
「分からないから、不安になる。でも感じている事自体は、嘘じゃない」