第3章
夢小説設定
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ユニの部屋は、静かだった。
扉を閉めてから、もうしばらく経つ。ベッドに横になったきり、物音はない。
俺は椅子を引いて腰を下ろし、机の上に書類を広げた。
持ってきたのは、今すぐでなくてもいいものだ。だが──ここを離れる気にはなれなかった。
紙に目を落とし、ペンを走らせる。
……仕事は、問題なく進む。
呼吸は安定している。咳も、今は出ていない。それでも。
ふと、空気が変わった。
寝返り。僅かな布の擦れる音。
──起きる。
そう思って俺は椅子を引く音を殺し、ベッドのそばに立った。
額に、手を当てる。
……熱い。
指先に伝わる温度に、小さく舌打ちしそうになるのを堪えた。
その瞬間──ユニが、無意識に動いた。
額に触れていた俺の手に頬をすり寄せ、安心したみたいに口元が僅かに緩んだ。
……くそ。
反射的に手を引いた。触れたままでいられるほど、俺は器用じゃねぇ。
数秒、間を置く。
──やはり、下がってない。
体温はそのままだ。その時。
「……リヴァイ、兵士長……?」
かすれた声。
完全に起きたわけじゃない。けれど、意識は戻りつつある。
「起きたか。」
低く、いつも通りの声で答える。
「水を飲め。ゆっくりでいい。」
机に置いていた水差しを取り、コップを差し出す。
ユニは少し時間をかけて、言われた通り口をつけた。
「……生憎だが、」
一拍。
「熱は下がらなかったらしい。」
事実だけを告げる。余計な感情は、声に乗せない。
「医務室に行くぞ。」
選択肢はない。
ユニは一瞬だけ目を伏せてから、小さく頷いた。
「……はい……。」
その返事に、変な力は入っていない。
素直で弱っていて、だからこそ──俺はもう一度だけユニの額に手を伸ばしかけて、途中で止めた。代わりに言う。
「立てるか。無理なら言え。」
それだけだ。
過剰な事はしない。触れすぎもしない。
……だがこの熱が下がるまでは、俺の視界から外すつもりはねぇ。
そう決めて、俺はユニの返事を待った。
「……立てますが……きっと、歩けません……。」
弱々しい声。
その一言で、俺の中の選択肢はひとつに絞られた。
「………。」
長い沈黙。
考えているふりをしているが実際は──考えるまでもなかった。
「チッ。」
堪えきれずに、舌打ちが漏れる。
……くそ。
俺は立ち上がり、ベッドの脇に回り込む。
「無理に立つな。」
短く言ってから、屈む。
「……え?」
間の抜けた声。
次の瞬間、俺はユニの体の下に腕を差し入れていた。膝裏と、背中。
慣れた動作だ。戦場で、何度もやってきた。
「……リヴァイ兵士長……?」
不安そうな声。
「医務室に行く。歩けないなら、運ぶ。」
それだけだ。余計な説明はしない。する必要もない。
ユニは一瞬だけ迷ったあと、小さく息を吐いて、俺の胸元に額を預けてきた。
……軽い。
思ったよりも、ずっと。
体温が、じんわりと伝わってくる。熱のせいで、普段よりも少し高い。
「……すみません……。」
かすれた声。
「謝るな。」
即答。
廊下に出る。夜の本部は静かで、足音がやけに響く。
腕の中で、ユニの呼吸が規則正しくなっていく。
意識が、また落ちかけている。
「寝るな。もう少しだ。」
低く声をかけると、小さく「はい……」と返ってくる。
……聞こえている。
それでいい。
医務室の扉が見えてくる。俺は歩調を落とさない。周囲の視線なんて、どうでもよかった。
今はただ──この体を、確実に連れていく。
「……。」
ふと、ユニの指先が俺のジャケットを軽く掴んだ。力はない。ただ、離れないようにしているだけ。
……。
それ以上、考えるのはやめた。
「すぐ終わる。起きてろ。」
そう言って、医務室の扉を押し開ける。
灯りが、2人を包んだ。
俺は腕の力を緩めないまま、中へ入る。
——判断は、間違っていない。
少なくとも、今はそれでいい。
それだけを、自分に言い聞かせながら。
◇
部屋に戻った瞬間、身体の奥に溜め込んでいたものがどっと重くなる。
ベッドの方を見る。
ユニは、もう眠っていた。医務室で飲まされた薬が効いているのか、呼吸は浅いが規則的だ。
スープは半分ほど減っている。無理に飲ませなくてよかった。あれ以上は、喉を通らなかっただろう。
俺は、椅子に腰を下ろした。
……疲れた。
自分の身体じゃない。戦闘でも、訓練でもない。
"どうにもならない"という感覚だけが、骨の奥に残っている。
熱は下がらなかった。連れて行くしかなかった。歩けないと言われた時点で、選択肢は消えた。だから運んだ。それだけだ。
判断としては、正しい。兵士長としては、何ひとつ間違っていない。
──それでも。
ベッドで眠る小さな身体を見ると、どうしようもなく腹が立つ。
誰にでもない。状況にでもない。自分にだ。祈るしかない、という立場が。
拳を握る。
家具のひとつでも蹴り飛ばせば、少しは楽になるかもしれない。
だが──そんな音を立てたら、起きる。
それだけで、動けなくなる。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「……明日までには、」
声に出すつもりはなかったのに、低く、漏れた。
「せめて、歩けるようになれ。」
願いだ。命令じゃない。命令なら、いくらでも出せる。だが、これだけは違う。
祈るしかできない。
それが、こんなにきついとはな。
椅子に背を預け、視線を逸らさず眠る顔を見る。
起きるな。無理をするな。俺が、ここにいる。
……それだけしか、できねぇが。
夜は、まだ長い。