第3章
夢小説設定
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喉が痛い。朝から、ずっと。水を飲んでも誤魔化せない違和感が残っている。
それでも仕事はあるし、夏だし、気のせいだと思っていた。……のに──
午後になって、咳が出始めた。
「……っ、けほ……!」
小さく、口元を押さえる。
熱──たぶん、ある。頭の奥が、じんわり重い。でも、立てないほどじゃない。意識もはっきりしている。
(大丈夫……まだ。)
そう思って書類に視線を戻そうとした、その時。
「……おい。」
低い声。
顔を上げると、リヴァイ兵士長が立っていた。
いつもより、少し近い。
「……咳、してたな。」
「……少し、喉が。」
正直に答えると、リヴァイ兵士長の眉間にすぐ皺が寄る。
「熱は。」
「……ある、かもしれません。」
言い切れないのは、自分でも測っていないから。
リヴァイ兵士長は、何も言わずに私の額に手を伸ばした。
──近い。
一瞬、身構えそうになる。でも、そのまま触れられる。
「……あるな。」
即断。短く舌打ち。
「夏風邪か。」
「……すみません。」
反射的にそう言うと、「謝るな」と被せるように、低い声。
「倒れられる方が、面倒だ。」
……相変わらず、言い方。
でも──そのまま、手首を掴まれる。
力は強くない。逃げられない程度。
「今日は、もう上がれ。」
「え、でも──」
「咳が出て、熱があって、それで仕事を続ける気か。」
言葉は淡々としているのに、視線が、鋭い。
「……。」
反論が、出てこない。
「部屋に戻れ。水飲んで、寝ろ。」
命令口調。でも。
「夜になっても熱が下がらなければ、医務室に行け。」
一拍。
「──俺が連れて行く。」
その一言で、胸の奥が少しだけ、きゅっとなる。
「……はい。」
小さく答えると、ようやく手首が離された。立ち上がると、視界が僅かに揺れる。その瞬間──
「……おい。」
肩を、支えられる。ほんの一瞬。すぐ、離れる。
「ふらつくな。」
ぶっきらぼう。でも──確実に見ていた。
「……ありがとうございます。」
そう言うと、リヴァイ兵士長は視線を逸らす。
「さっさと行け。」
背中を向けられる。
私はそのまま頭を下げ、執務室を出た。
廊下を歩きながら、喉の痛みと、熱と、それから──
……また、心配、かけちゃったな。
そんな事を思ってしまう。
けれど、それでも──
さっき支えられた肩の感触が、なぜかずっと残っていた。
夏の空気は、まだ明るい。
なのに体は、ひどく重かった。
今日は──ちゃんと、休もう。
そう思いながら、私は自分の部屋へ向かった。
◇
部屋に戻ってから、30分ほど。
外套を脱ぎ着替えだけ済ませて、あとはベッドに横になるだけ……のはずだった。
けれど──机の上に積まれた書類が、視界に入る。
……目だけ。本当に、目だけ。
そう思って椅子に腰を下ろし、1枚、また1枚と視線を走らせていた時。
──コンコン。
控えめなノック音。反射で口が動いた。
「はい。」
次の瞬間、扉が開いた。
「おい。」
低い声。予想より、ずっと近い位置から。
「……お前、何してる。」
振り向くと、リヴァイ兵士長が立っていた。
眉間に、はっきりと皺。
「……あ。」
言い訳を考える前に、机の上の書類に視線が落ちる。
「……貸せ。」
短く言って、有無を言わさず書類を取られる。
「あ、あの……、」
「見なくていい。いや、見ちゃ駄目だ。」
即座。返す隙もない。
「……すみません。」
小さく言うと、リヴァイ兵士長は一度だけ鼻で息を吐いた。
それから部屋の中を手早く見回し、窓を少し開け空気を入れ替える。
机の上に、水差しとコップを置く。
──慣れてる。
あまりにも、自然な動き。
「熱、測れ。」
差し出された体温計を受け取り、言われるまま脇に挟む。
その間にリヴァイ兵士長は椅子を引き、私の額に手を伸ばした。ひんやりした指先。
……気持ちいい。
「……。」
何も言わず、ほんの一瞬触れただけ。それなのに、胸の奥が少し落ち着く。
「……体温は。」
「……38.3。」
体温計の数字を読み上げると、リヴァイ兵士長の表情が僅かに変わった。
「思ったよりあるな。」
低い声。
「一度寝ろ。寝て下がらなけりゃ、医務室に連れて行く。」
"連れて行く"。選択肢はない。
「……はい。」
大人しくベッドに横になると、布団が掛けられる。少し、丁寧すぎるくらいに。
「目、閉じろ。」
「……はい。」
言われた通りに目を閉じながら、心の中で、別の事を思う。
本当は──見ていたい。そばに、いてほしい。
でもそれは、今口に出していい感情じゃない。
私は、ゆっくり息を整える。
(これは……、)
頭の奥で、小さな疑問が浮かぶ。
(上司だから、なのかな。)
部下が体調を崩したから。責任者として。兵士長として。
そう考えれば全部、説明がつく。……はずなのに。
部屋に残る気配がやけに静かで、やけに近い。
意識が少しずつ遠のく中、私はその答えを、まだ決められずにいた。
──眠りに落ちる、直前まで。