第3章
夢小説設定
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廊下の角を曲がったところで、不意に声をかけられた。
「ユニ。」
足を止めて振り向くと、そこにいたのはエルヴィン団長だった。
「お疲れ様です。」
いつものように、そう言う。
エルヴィン団長は軽く頷き、一歩、横に並ぶ位置に立った。
近すぎない。けれど、距離を取っているわけでもない。
「少し、顔つきが変わったな。」
唐突な言葉だった。
「……そう、見えますか?」
「あぁ。」
即答。
「悩んでいる、というよりは……整理しようとしている顔だ。」
胸の奥が、僅かに揺れる。
当たっている。けれどそれを言葉にされるとは思っていなかった。
「何かを考え始めた時の君は、だいたいそういう顔をする。」
責めるでもなく、探るでもなく、ただ、事実を並べるように言う。
「……自分でも、よく分からなくて。」
ぽつりと、そう答えた。
エルヴィン団長は、少しだけ目を細める。
「分からない、という自覚があるなら、それは悪い状態じゃない。」
一拍。
「君は考えを頭の中だけで回すより、外に出した方が整理できるタイプだ。」
──どきり、とする。
それは……訓練兵の頃、そして憲兵になったばかりの頃まで、確かにそうだった。
「……どうして、そう思われたんですか。」
私の問いに、エルヴィン団長は少しだけ口元を緩めた。
「報告書だよ。君の書く報告は、出来事と感情が切り分けられている。その場では淡々としているのに、後から読み返すと、判断の迷いも、葛藤も、きちんと整理されて書かれている。」
一拍。
「頭の中だけで処理している人間の文章じゃない。一度外に出して、並べ直してから書いている癖がある。」
私は、思わず目を瞬いた。
「……そこまで、見ていたんですか。」
「職業病だ。」
冗談めかした声。けれど、その視線は真剣だった。
「それに──」
エルヴィン団長は、少しだけ声を落とす。
「最近の君は"考えている"というより、"整理しようとしている"顔をしている。だから、そう思った。」
エルヴィン団長は考えるように、少しだけ視線を外す。
「……最近、そうやって整理しようとしているだろう。」
一瞬、言葉に詰まる。
正確には──書き始めた、ばかりだ。
「……はい。ノートに、毎日。」
そう答えると、エルヴィン団長はそれ以上踏み込まなかった。
「なら、いい。」
短く、そう言う。
「無理に結論を出す必要はない。書いているうちに、"前の自分なら気にしなかった事"が、自然と浮かび上がる。」
一拍、置いてから。
「リヴァイがどう思っているか、ではなく、君が"どう感じているか"を、もう一度整理してみるといい。」
それは、指示ではなかった。誘導でもない。ただ視点をひとつ、示しただけの言葉。
エルヴィン団長は、穏やかに続ける。
「君は、変わった。」
穏やかに、はっきりと。
「それ自体を、良いとも悪いとも判断しなくていい。」
一拍置いて、さらに続ける。
ただ、"変わった理由"を知ろうとするのは、君らしいと思う。」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……ありがとうございます。」
そう言うと、エルヴィン団長は小さく笑った。
「礼を言われるほどの事じゃない。」
それから、いつもの調子で言う。
「書きすぎて、夜更かしはするなよ。」
──勘づかれてた。
思わず、口元が緩む。
「……気をつけます。」
「それでいい。」
そう言って、エルヴィン団長は先に歩き出した。
1人、廊下に残る。
胸の中に残ったのは、答えではない。けれど──書き続けていい、という許可。
私は、無意識に指先を握った。
今夜も、あのノートを開こう。
今度は"なぜ引っかかったのか"を、ちゃんと書いてみよう。
そんな気が、していた。
◇
部屋に戻ると、外の気配がフッと遮断された。扉を閉める音は小さく、それだけで頭の中が静かになる。
机の引き出しを開けて、ノートを取り出す。少し迷ってから、ページを新しく開いた。
ペンを持つ。
まずは──今日のことから。
『エルヴィン団長に、「考えを外に出した方が整理できるタイプだ」と言われた』
そう書いて、一度、ペンが止まる。
その言葉自体よりも、続けて言われた内容の方が胸に残っていた。
『「リヴァイがどう思っているか、ではなく、君が"どう感じているか"を、もう一度整理してみるといい」』
……そうだ。
私はいつの間にか「リヴァイ兵士長の意図」を先に考えていた。
上司だから。判断が正しい人だから。尊敬している人だから。
だから自分の感情を、後回しにして。
ページをめくる。
そこには、すでに書いてあった言葉が並んでいる。
・隣にいろと言われた事
・避けられて、不安になった事
・近づけた時、安心した事
・抱き寄せられて、涙が止まらなかった事
ひとつひとつ、読み返す。
その時は、出来事として書いた。
でも、今は──
(これは……。)
ペン先が、少しだけ震える。震えながら、書き足す。
『この時、安心した』
『理由は、上司として守られたから、だけじゃない気がする』
言葉にした瞬間、胸の奥が少しざわつく。
けれど、消さない。消さずに、そのまま続ける。
『前の私なら、ここまで気にしなかった』
『憲兵だった頃は、誰がどこに行こうと、帰りが遅かろうと、こんなふうに思わなかった』
『リヴァイ兵士長の姿が見えないと、不安になる』
『行き先を告げてほしいと思ってしまう』
一行、空ける。
ペンを持つ手に、力が入る。
『これは、上司としての言動だけで説明できるだろうか』
問いの形で、書いた。答えは、まだ書かない。
今は──問いを、外に出すだけでいい。
ノートを閉じ、深く、息を吐く。
結論は、出ていない。けれど霧の中で、確かに"何か"に触れた感触があった。
ベッドに腰を下ろし、灯りを落とす。
明日も、仕事はある。
兵士としての自分は、変わらない。
ただ──今夜は、これでいい。
そう思いながら、私は静かに目を閉じた。