第3章
夢小説設定
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書類に目を落としていても、視線が何度も窓の方へ逸れる。
無意識だった。
インクの乾きを待つ間。ページをめくる前。思考が一区切りついた、その隙に。
……見てしまう。
リヴァイ兵士長の部屋のある方角。
もちろん、そこに人影はない。
分かっている。今日は外の任務だと聞いている。
それでも──
(……私は今、どこにいればいいんだろう。)
ふとそんな考えが浮かんで、自分で自分に驚いた。
仕事はある。やるべき事も、山ほどある。
それなのに、"位置"を見失ったみたいな感覚。
ここにいていいはずなのに、落ち着かない。
……変だ。
憲兵だった頃、こんなふうになったことはない。
上官が不在でも、任務が終わるまで戻らなくても、ただ「そういうもの」だった。
なのに、今は──
胸の奥が、じわじわと冷える。
理由は、分からない。
(……考えすぎ。)
そう結論づけて、書類に視線を戻す。
けれど、集中は続かなかった。
◇
戻ってきたのは、夕方近くだった。
廊下の足音に気づいた瞬間、身体が先に反応していた。
顔を上げると、見慣れた背中がそこにある。
……あ。
それだけで、胸の奥がすっと静まる。自分でも、驚くほどに。
「……どうした。」
足を止めたリヴァイ兵士長が、こちらを見る。
「何かあったか。」
問いかけは、いつも通り。警戒でも、詮索でもない。ただの確認。
私は一瞬言葉に詰まってから──
「……次からは──」
小さく、息を吸う。
「どこに行くか……言ってからに、してください。」
言ってしまった。
口に出してから、少し遅れて後悔が追いつく。
……何を言ってるんだろう。
上官としてなら、分かる。部下の所在把握は、必要だ。
でも──私が、そんな事を言う資格なんて、ない。
「……。」
リヴァイ兵士長は、すぐには答えなかった。
一拍。
それから、短く息を吐く。
「……あぁ、分かった。」
それだけ。
否定もしない。理由も、聞かない。
「次からはそうする。」
淡々とした声。
それなのに、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「……すみません。」
反射的に謝ると、リヴァイ兵士長は眉をひそめる。
「謝る必要はねぇ。」
そう言って、視線を逸らした。
◇
廊下の角を曲がったところで、声が重なって聞こえた。
足を止めるつもりはなかった。ただ、自然と歩みが緩む。
「いやー、正直きついって。」
「何が?」
笑い混じりの声。
「いちいち聞かれるんだよ。今日はどこ行くのか、とか。誰と一緒なのか、とかさ。」
「あー……あるな、そういうの。」
別の声が相槌を打つ。
「別にやましい事はないんだけどさ。毎回説明するのも、地味に疲れる。」
「分かる。自由に動けない感じ、するよな。」
軽い調子だ。深刻さは、ない。
ただの雑談。どこにでもある、愚痴。
私は立ち止まったまま、少しだけ考えてしまった。
……聞かれるのって。説明するのって。疲れる、のかな。
私は、意を決して声をかけた。
「……あの、」
2人が、同時にこちらを見る。
「あ、ユニ。」
「どうした?」
少しだけ間を置いてから、私は口を開いた。
「……今の話なんですが、」
声は、思ったより落ち着いていた。
「そういうのって……やっぱり、嫌なものなんですか?」
一瞬。空気が、止まる。
2人の表情が、目に見えて固まった。
──まずい。
そんな気配が、はっきり伝わってくる。
「い、いや!」
「嫌っていうか……その……、」
「人による!」
即答。
「ほんと、人によると思うよ。」
「気にしない人もいるし。」
「全然、問題ないって人もいる。」
少し早口。
「だから、その……一般論、一般論!」
「そうそう!気にする必要ないから!」
そう言い残して、2人は妙に足早に去っていった。
廊下に残されたのは、私1人。
私はその場に立ったまま、小さく首を傾げる。
……人による。
……気にしない人もいる。
……問題ない人も。
胸の奥に、さっきとは違う種類のざわめきが残っていた。
私は、ゆっくりと歩き出す。
──私の場合は、どうなんだろう。
答えは、まだ出ない。
ただ、その問いが──頭の片隅から離れなくなった。
◇
数日後。
朝の空気は、少し冷たい。秋が、確実に深まっている。
私は執務室で、書類を整理していた。机の端に揃えた紙束を、指先で軽く整える。
いつも通りの朝。
そう思っていたところで、背後から足音が近づいた。
「ユニ。」
低く、短い声。
振り返ると、リヴァイ兵士長が立っていた。
装備は軽め。外出だと、すぐ分かる。
「はい。」
返事をすると、彼は一瞬だけ言葉を探すように間を置いてから──
「俺は、これから外に出る。」
……え。
一拍、思考が止まる。
今までなら、何も言わずにいなくなる事も多かった。
「昼前には戻る。エルヴィンと、物資の確認だ。」
淡々とした口調。報告、というほど大げさでもない。でも──"言ってから出る"。
その事実が胸の奥に、静かに触れた。
「あ……はい。」
少し遅れて、そう答える。
リヴァイ兵士長は、それ以上何も付け加えない。
「何かあれば、伝令を使え。」
「分かりました。」
そう言うと、彼はもう視線を外し、歩き出していた。
……行ってしまう。
なのに不思議と、胸のざわつきはない。
いつもなら気づいたらいなくて、窓の外を何度も見てしまっていたのに。
今日は──戻る時間が分かっている。
それだけで、心が落ち着いている。
私は、無意識のうちに息を吐いていた。
……あれ?
書類に視線を戻しながら、小さく首を傾げる。
(……前は、こんな事なかった。)
憲兵だった頃も。調査兵団に来たばかりの頃も。
誰かがどこへ行こうと、いちいち気にした事なんて、ない。
なのに、今は。
「……。」
ペンを持つ指が、ほんの一瞬止まる。
(私、何を基準に安心してるんだろう。)
答えは、まだ出ない。
ただ、分からないままでもいい気がして──私はもう一度、書類に向き直った。
昼前には戻る。
そう告げた背中を思い出しながら。
それだけで、今日はちゃんと仕事ができそうだった。