第3章
夢小説設定
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廊下を歩いていると、少し先に見慣れた背中があった。姿勢の良さと、歩き方で分かる。
「エルヴィン団長。お疲れ様です。」
声をかけると足が止まり、ゆっくりと振り返る。
「あぁ、ご苦労さま。」
穏やかな声。
いつも通りだけれど、どこか余裕がある。
そのまま一歩距離を詰めてきて──少しだけ間を置いてから言った。
「ユニ、いま時間はあるかい?」
不意だった。
「えぇと……今日の訓練は、もうありませんし……急ぎの仕事も、終えていますが……。」
自分で言ってから、我ながらきっちりしているな、と思う。
エルヴィン団長は、ほんの少しだけ目を細めた。
「さすがだな。」
軽い調子。
「なら、少々ティータイムに付き合ってくれるか?今回はケーキは無いが、頂き物のクッキーがあるんだ。」
一瞬、言葉に詰まる。
「……私が、戴いていいんですか?」
思わず、そう聞いてしまった。
エルヴィン団長は、肩をすくめる。
「いいからこうして誘っているんだが?」
冗談めいた言い方。でも、目は真剣で──断られるとは思っていない。
「……分かりました。」
そう答えると、エルヴィン団長は満足そうに頷いた。
◇
団長室。
執務机ではなく応接用のテーブル。紅茶が注がれ、小さな皿にクッキーが並べられる。
「遠慮はいらない。」
そう言われて1枚、手に取る。
サク、と軽い音。
……美味しい。
「さて──」
エルヴィン団長が、カップを持ったまま口を開く。
「リヴァイ班に配属されて、どうだ?」
問いかけは、穏やかだった。評価でも、尋問でもない。
「……正直に言って、いいですか。」
「もちろん。」
私は、少し考えてから口を開く。
「大変です。でも……無理だとは、思いません。」
自分でも、意外なほど迷いがなかった。
「求められる精度が高くて、判断も早くて……気を抜く余裕は、ほとんどありません。」
一拍。
「でも……リヴァイ兵士長の動きが、分かりやすいです。」
エルヴィン団長が、フッと笑った。
「それは、なかなか聞かない評価だな。」
「はい。……命令されなくても、次が読めます。読めるように、されている気もしますけど。」
少し、苦笑する。
「なるほど。」
エルヴィン団長は、紅茶を一口飲んでから言った。
「君は、自分が"選ばれた側"だという自覚はあるかい?」
「……少しだけ。」
正直な答え。
「でもそれよりも──"任された"という感覚の方が強いです。」
エルヴィン団長は、静かに頷いた。
「それでいい。いや……それがいい。」
少しだけ、声が柔らぐ。
「リヴァイは──信用しない相手を、そばに置かない。」
それは、知っている。
「同時に──信用しすぎる相手も、簡単には置かない。」
視線が、こちらに向く。
「君は、その間"にいる。とても難しい場所だ。」
私は、クッキーをもう1枚取った。
「……はい。」
それだけ答えると、エルヴィン団長は満足そうに微笑んだ。
「なら、大丈夫だな。」
団長室に、静かな時間が流れる。
仕事の話でもなく、作戦の話でもない。ただのティータイム。
それなのに──なぜか、背筋が少し伸びる。
私はカップを両手で持ちながら、紅茶の湯気を眺めた。
──リヴァイ班。
その言葉がようやく、現実として胸に落ちてきた気がした。
私は少しだけ間を置いてから、口を開いた。
「私からひとつ……いいですか?」
エルヴィン団長は意外そうでも、嫌そうでもなく、むしろ少し楽しげに視線を向けてくる。
「なんだ?」
「個人的な質問というか……興味、です。」
言葉を選ぶ。踏み込みすぎないように。でも、曖昧にならないように。
「エルヴィン団長は、普段……どんな事を考えていらっしゃるのかな、と。」
一拍。
「もちろんお仕事の割合が多いのは、承知の上ですが。」
自分でも、少し大胆な質問だと思う。
けれど今なら──聞いてもいい気がした。
エルヴィン団長は、すぐには答えなかった。
カップを手に取り、紅茶の表面を一度見つめる。それから、フッ、と息を吐いた。
「……君は、本当に好奇心や探究心が強いな。」
柔らかな声。
咎めるでもなく、評価するでもなく。ただ、事実として。
「そう、ですか?」
自覚は、あまりない。
エルヴィン団長は、口元に僅かに笑みを浮かべた。
「あぁ。しかも──自分では、それを特別だと思っていない。」
少しだけ、視線が遠くなる。
「私が考えていることの大半は……"仮定"だ。」
「仮定……?」
「──もし、こうだったら。もし、こう動いたら。もし、ここで選択を誤ったら。」
指先で、テーブルを軽く叩く。
「未来を予測する、というより──可能性を並べている、と言った方が近い。」
淡々とした口調。
けれど、その内容はとても重い。
「その中で、"最も後悔しない選択"を選ぶ。」
「……後悔、しない。」
「完全に正しい選択なんて、存在しない。だからせめて──後で、自分が立っていられる方を選ぶ。」
私は、その言葉をゆっくり噛みしめる。
「……大変ですね。」
思わずそう零すと、エルヴィン団長は少しだけ目を細めた。
「大変だよ。」
即答だった。
「だが──嫌いではない。」
その言い切りが、どこか子供のようで。
「考える事は、嫌いじゃない。世界が分からないまま進む方が、私は怖い。」
……あぁ。
この人もまた、"知りたい"人なのだ。形は違うけれど。
「ユニ。」
名前を呼ばれて、私は顔を上げる。
「君が調査兵団に来た理由。私は、よく覚えている。」
空。川。まだ見ぬもの。
「君の問いは私の問いと、少し似ている。」
静かな声。
「だから──君がここにいる事を、私は嬉しく思っている。」
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
「……ありがとうございます。」
そう答えると、エルヴィン団長は満足そうに頷いた。
「さて……そろそろ、仕事に戻らないとな。」
「はい。」
立ち上がりながら、ふと思う。
この人はきっと、一生考え続けるのだろう。それでも──時々、こうして紅茶を飲む時間を持つ。
その隣に今、自分が座っていた。
それだけで、少し誇らしかった。
「また時間が空いたら、お喋りに付き合ってくれ。」
「……喜んで。」
私はそう答えて、団長室を後にした。
◇
リヴァイ兵士長の執務室。
いつも通り、扉をノックしてから中に入る。
「失礼します。」
「……入れ。」
低い声。視線は、書類の上。いつもと、同じ。……の、はずだった。
「お前──」
呼ばれて、足を止める。
「はい。」
返事をした、その瞬間。視線が、上がった。
……二度見された。
本当に、一瞬。けれど、確かに。
「?」
思わず首を傾げる。
「……なんだ、その顔。」
訝しむような声。
「え……?」
自覚はない。いつも通りのつもりだった。
「……。」
リヴァイ兵士長は、答えを待たずに立ち上がる。
そして──私の周りを、ぐるりと一周した。
「……?」
何が起きているのか分からず、ただ立ち尽くす。
足音が近い。一歩、後ろ。一歩、横。
完全に、観察されている。
「……俺のいないところで、何があった。」
独り言みたいな声。
「?」
さらに困惑していると、不意に、距離が詰まった。
……近い。
顔を上げるより先に、フッと、息がかかる。
くん、と──軽く、匂いを嗅がれた。
「……紅茶の匂いがするな。」
低い声。
それから、ほんの一瞬間を置いて。
「……それに、甘い匂いも。」
頭の中で、さっきの光景が浮かぶ。
団長室。紅茶。クッキー。
「……エルヴィンか。」
断定。
「は、はい。」
反射的に答えてしまう。
リヴァイ兵士長は、それ以上何も言わない。
ただ静かに踵を返し、自分の席に戻った。
「……用件は。」
声は、いつも通り。
けれど空気が、ほんの少しだけ違う。
「書類の提出です。」
机に置くと、無言で受け取られる。
「……。」
視線は書類。だが眉間の皺が、ほんの僅かに深い。
……気のせい、だろうか。
何も言われない。咎められもしない。
でも、どこか面白くなさそうだ。
私は、用件が済んだ事を確認して、一歩下がる。
「では、失礼します。」
「……あぁ。」
短い返事。
扉を閉める直前、背中に視線を感じた気がした。
……気のせい、だと思いたい。
廊下に出て、ようやく小さく息を吐く。
(……今の、何だったんだろう。)
理由は分からない。
ただ──紅茶とクッキーで、ここまで察されるとは思っていなかった。
そしてなぜか、胸の奥が少しだけ、くすぐったかった。
まるで──縄張りを確認する猫みたいだ、なんて。
そんな事を口に出したら絶対に怒られるから、心の中にしまっておく事にした。