第3章
夢小説設定
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夜。
執務室の灯りだけが残っている。
書類は、もう片付いた。報告も、明日の準備も終わっている。
それでも椅子から立つ気になれず、俺は背もたれに体重を預けたまま、天井を見ていた。
……静かだ。
さっきまで、この部屋には人がいて、視線があって、空気が張りつめていたというのに。
選んだ。
迷って、考えて、それでも最後は、切った。
正しかったかどうかを今さら考えるつもりはない。
あいつは──ユニは、足りている。
判断も、間合いも、視野も。
昨日の訓練で、それははっきりした。
俺の指示を待たずに動ける。俺が一瞬遅れたところを、"当然のように"埋められる。
班に必要なのは、そういう人間だ。
……だから、選んだ。
理屈は、全部そろっている。
それなのに、俺は無意識に舌打ちをしていた。
「……クソ。」
声は、誰にも届かない。
後悔じゃない。判断を覆したいわけでもない。ただ──"知ってしまった"だけだ。
選ぶという事が守る事と、同じ意味になる瞬間があることを。
俺はこれまで、人を前に出すことに躊躇はなかった。
部下は部下だ。戦場では、それぞれの役割を果たす。
それだけだと思っていた。
だが、今回は違う。
選んだ瞬間、あいつの立つ位置が変わった。
前よりも一歩、危険に近い場所へ。
俺の横。俺の動きに連なる位置。
──俺が、引きずり込んだ。
それをあいつは何も知らずに「はい」と答えた。
いつもの声で。いつもの顔で。
……。
俺は、目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、今日の最後に一瞬だけ向けられた視線。
迷いのない、まっすぐな目。
(……あぁ。)
そう思った。
あいつはもう、俺が何を選んだかを、全部受け取るつもりでいる。
守られる側じゃない。ついてくる側でもない。同じ列に並ぶつもりだ。
……だからこそ、胸の奥に小さく、鈍い感覚が残る。
静かな後悔。
「……余計な事を、考えるな。」
誰に言うでもなく、そう呟く。
選んだのは、俺だ。責任も、結果も、全部俺が引き受ける。
それでいい。それしか、できねぇ。
椅子の軋む音が、小さく響く。
俺は立ち上がり、灯りを落とした。
闇に沈む執務室。
その中で、ただひとつだけはっきりしていることがある。
もう──"遠ざける"という選択肢はない。
選んだ以上、最後まで背中は預ける。
それが、兵士長の役目だ。
そして──それ以上の感情には、まだ、名前をつけない。
扉を閉める音が、静かに廊下へ溶けた。
───────────────
夜。
自室の扉を閉めると、昼間のざわめきが嘘みたいに遠のいた。
今日一日が、少しだけ長かった気がする。
班の発表。解散。その後は、それぞれが各々の持ち場へ戻っていった。
私は──特別、何かをしたわけじゃない。
ただ、呼ばれて、集めて、話を聞いて、そして、いつも通り歩いただけ。
それなのに──
部屋の中に入って荷物を置いた瞬間、胸の奥がじわっと熱くなった。
理由は、分からない。分からないまま、窓の方へ歩く。
夜風を入れようと窓を少しだけ開けると──視界の先に、灯りが見えた。
あ……。
自然に、それだけで足が止まる。
角を曲がった先。一部屋分の間を挟んだ向こう。
リヴァイ兵士長の部屋の窓に、明かりが灯っている。
まだ、起きている。
そう思っただけで、胸の奥が少し落ち着く。
(……遅くまで、仕事でしょうか。)
それとも、考え事だろうか。
昼間の、あの視線。
迷いのない目。決めきった顔。
そのあと、何事もなかったみたいに書類に戻った背中。
思い出すと、不思議と息が整う。
私は、窓枠に軽く手を置いた。
距離は近い。声が届くほどじゃない。でも、存在は分かる。この距離。
前なら、少し緊張していたかもしれない。
でも今は──ただ、静かだ。
(……まだ、灯りがついてる。)
それだけでいい。特別な言葉も、確認も、いらない。
私は、そっと窓を閉める。
カーテンを引く前に、もう一度だけ向こうの明かりを見る。
消える気配は、ない。
「……お疲れさまです。」
声には出さず、心の中でそう言った。誰に聞かせるでもなく。
ベッドに腰を下ろすと、今日の疲れがようやく身体に追いついてくる。
でも、嫌な疲れじゃない。
目を閉じる前、もう一度だけ思う。
──あの人は今、何を考えているんだろう。
でも、答えを知りたいとは思わなかった。
明かりが灯っている。それだけで、今は十分だった。
夜は、静かに更けていく。
窓の向こうと、こちら側。
同じ夜を、それぞれの部屋で過ごしながら。
明日もきっと、同じ場所を歩く。
そう思いながら、私は目を閉じた。
◇
朝の空気は、少し冷たい。
新しい本部にも、ようやく「朝の音」が定着してきた。
廊下を歩く足音。食堂へ向かう気配。どこかで、扉の開く音。
私は、いつもより少し早く部屋を出た。
理由は、特にない。
……ない、はずなのに。
角を曲がると、視界の先に見慣れた背中があった。
黒髪。背筋。一定の歩幅。
──リヴァイ兵士長。
一瞬、足が止まりそうになる。
昨夜の事が、どうしても脳裏をよぎった。
班の発表。
そのあとも灯っていた、あの部屋の明かり。遅くまで起きていたのだろうと、何となく分かってしまった事。
そして──
(私は、もう……。)
正式に、この人の部下になった。
事実は変わらない。けれど──
今までと、同じ場所に立っていていいのかどうか。
それだけが、分からなかった。
距離を詰めるのは、違う気がする。離れるのも、違う。
正解が見えないまま、私は呼びかける。
「……おはようございます、リヴァイ兵士長。」
いつも通りの声。いつも通りの言葉。
背中が、止まる。
振り返る動きは、ほんの僅か。
「……あぁ。」
短い返事。
表情は変わらない。声色も、いつも通り。
──それだけで、胸の奥が少し緩んだ。
私は一歩、距離を詰める。
今までと、同じくらい。
横に並ぶには、ほんの少し足りない位置。
(……ここで、いいのかな。)
そう思いながら、視線だけで様子をうかがう。
リヴァイ兵士長は、歩き出す速度を変えない。
けれど──私が隣に来るのを、止めもしない。避けもしない。
それどころかほんの僅かに、歩幅が調整された気がした。
気のせいかもしれない。でも──
「……何だ。」
視線を前に向けたまま、そう言われる。
責める響きは、ない。確認でもない。ただ、"そこにいる"前提の声。
「いえ……、」
私は言葉を探してから、正直に口にした。
「今日からも……今までと、同じ位置でいていいのか……少し、分からなくて。」
一瞬、足音が重なる。
沈黙。
言いすぎたかもしれない、と思った直後「……変える必要はねぇ」と、低い声。
「仕事の内容は変わるが──お前の立ち位置まで、いちいち動かす気はねぇ。」
淡々と。当たり前の事のように。
「今まで通りだ。」
その一言で──胸の奥にあった小さな引っかかりが、すとんと落ちた。
「……はい。」
思わず、少しだけ声が柔らぐ。気づかれない程度に、呼吸が深くなる。
歩く速度も、距離も。何も変わっていない。
それなのに──"許可をもらった"ような感覚だけが、静かに残った。
食堂の入口が近づくにつれて、人の気配が増えていく。
その中で私はもう一度、横に並んだ背中を見る。
(……大丈夫。)
今は、それだけ分かればいい。
今日も、隣で歩ける。
それだけで、朝としては十分だった。