第1章
夢小説設定
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執務室の扉が、遠慮なく開いた。
「やぁエルヴィン。相変わらず堅そうな顔してるね。」
「それは心外だな。これでも穏やかな方だ。」
「へぇ?どの辺が?」
「書類を投げていない。」
「基準が低いなあ。」
ハンジは楽しそうに肩を揺らし、そのまま机の前まで来る。書類には目もくれず、俺の顔を一度だけ見る。
「忙しそうだね。」
「忙しくない日はない。」
「確かに。」
少し間を置いてから、何でもない調子で言う。
「ねえエルヴィン。最近さ、リヴァイと一緒に何してるの。」
「同じ仕事を、同じように。」
「ふぅん。」
納得したようで、していない顔だ。
「この前、見学に来てた女の子の件かなって思ったんだけど。」
「見学は見学だ。」
即答はしない。だが否定もしない。
「それ以上の意味を持たせるほど、特別な話でもない。」
「そっか。」
ハンジは深追いしない。そこが彼女の距離感だ。
「小さかったね。」
「よく見ているな。」
「一応、幹部だからね。」
くすっと笑って、踵を返す。
「じゃ、邪魔したね。」
扉に手をかけてから、ふと立ち止まる。
「……今日は、無理してる顔じゃなさそうだ。」
「そう見えるなら、そうかもな。」
「うん。なら大丈夫。」
扉が閉まり、執務室は元の静けさに戻る。
だが先ほどよりも空気は、少しだけ緩んでいた。
再び書類に目を落とす。業務は滞りなく進む。いつも通りだ。
──それでも、判断だけは、すでに一つ終わっている。
夜の酒場は、中央から少し外れた場所にあった。意図して選んだわけじゃない。だが、結果として都合はいい。仕事の延長で立ち寄った、という顔ができる距離だ。
席に着くと、先に来ていた男が軽くグラスを持ち上げた。
「珍しいな。団長自ら、こんなところに来るとは。」
声には皮肉が混じっているが、敵意はない。それが分かるから、ここに来た。
憲兵団師団長──ナイル・ドーク。
「偶然だよ。書類仕事に追われていたら、喉が渇いただけだ。」
俺は向かいの席に腰を下ろし、酒を頼む。嘘ではない。全部は言っていないだけだ。
酒が運ばれ、グラスを合わせるでもなく、それぞれ口をつける。
しばらくは、他愛のない話だった。駐屯地の修繕だとか、最近の人員配置だとか。互いに分かりきっている範囲の、当たり障りのない話題。
沈黙が落ちたのは、二杯目に入った頃だった。
「……で?」
ナイルが、グラスを置く。真正面から俺を見る目だ。
「今日は、何の用だ。」
やはり、誤魔化し切れる相手じゃない。
「用というほどじゃない。ただ──最近、中央の動きが少し、静かすぎると思ってね。」
言葉を選ぶ。核心に触れない程度に、だが、意図は伝わるように。
ナイルは鼻で笑った。
「お前がそれを言うのか。調査兵団団長が、中央の"静けさ"を気にするなんてな。」
「不自然な静けさは、嵐の前触れだろう。」
「……そういう考え方もある。」
ナイルは酒を一口飲み、少しだけ視線を外した。それだけで、十分だった。
中央は把握している。だが、今は踏み込まないと決めている。
「最近憲兵団から回ってきた人事書類で、妙に手間取ったものはなかったか?」
あくまで雑談の延長だ。問い詰める口調ではない。
ナイルは、即答しなかった。
その沈黙が、答えだ。
「……仕事だ。通すべきものを通し、止めるべきものを止める。それだけだ。」
「止めなかった、という選択もある。」
「選択肢が、最初から一つしかない時もある。」
視線が、再びこちらに戻る。探るようでいて、どこか諦観が混じっている。
俺は、それ以上踏み込まない。今は、聞く段階じゃない。
「そうか。」
短く返すと、ナイルは肩をすくめた。
「相変わらずだな。欲しい答えだけ拾って、全部分かった顔をする。」
「買い被りすぎだ。実際は、分からないまま動く事の方が多い。」
「なら、これだけ覚えておけ。」
ナイルはグラスを傾けながら、低く言った。
「中央は、"面倒が起きない限り"は動かない。だが、お前が動けば──話は別だ。」
「忠告として受け取ろう。」
「そうしろ。酒の席で済ませたい話も、たまにはある。」
それは牽制であり、同時に線引きだった。
俺はグラスを置き、立ち上がる。
「今日は、付き合ってくれてありがとう。久しぶりに、肩の力を抜けた。」
「嘘をつけ。」
ナイルは苦笑する。
「そういう局面に入った時のお前は、だいたいこうなる。」
「……心外だな。」
「本気で言ってる。」
一拍置いて、グラスを傾ける。
「お前がそうなる時は、だいたい──ろくな事にならない。」
否定はしない。ただ、わずかに肩をすくめるだけだ。
「それでも、進むしかない。」
「……あぁ。」
ナイルは短く息を吐く。
「それが、お前の仕事だ。」
店を出ると、夜風が冷たい。だが、頭は冴えていた。
中央は流した。憲兵団も、止めなかった。そして──それを選んだ者がいる。
偶然ここに来た紙じゃない。その確信だけが、さらに強くなっていた。
次に動くのは、もう少し先だ。だが、準備は始まっている。静かに、確実に。