第3章
夢小説設定
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春。
窓を開けると、冷たい空気はもう残っていない。代わりに、柔らかい風と、少し湿った匂い。
完全に、春の空気。だが──油断した。
喉が、痛い。頭が、重い。
熱を測ると、数字はそこまで高くない。
「……微熱。」
動けなくはない。立てるし、歩ける。だから、大丈夫だと思った。思ってしまった。
「──ユニ。」
低い声。
振り向くと、リヴァイ兵士長が眉を寄せて立っている。
その視線が、一瞬で私の顔色を拾う。
「……顔、赤いな。」
「少し、です。熱もそんなに高くないですし。」
言い訳みたいにそう話すと──
「座れ。」
即答。反論の余地がない。
「……はい。」
椅子に腰を下ろした瞬間、頭が少しだけふらついた。それを見逃す人じゃない。
「今日は休め。」
「でも──」
「休め。」
二度目は、もう命令だった。
私は、観念して頷く。
「……分かりました。」
その返事を聞くとリヴァイ兵士長は一瞬だけ視線を逸らし──すぐに、忙しくなった。
毛布。水。温かい飲み物。
次々と、机の上に置かれていく。
「喉、痛いか。」
「……はい、少し。」
「なら、これは飲むな。」
紅茶のカップを取り上げられる。
「え……?」
「刺激になる。今はこっちだ。」
代わりに差し出されたのは、湯気の立つ、無色透明の飲み物。
「……白湯?」
「文句あるか。」
「いえ……。」
一口、口に含む。
……優しい。
味がしないのに、身体の奥に落ちていく感じがする。
「薬は。」
「まだ……。」
「後で飲め。」
断定。そのまま、額に手が伸びてくる。
──近い。
無意識に、少しだけ身を引こうとして──「動くな」と、低い声。
そのまま、額に掌が触れた。温度を測るみたいに、そっと。
「……熱、上がりきってねぇな。」
「はい。」
「だが、油断するな。」
そう言いながら、今度は、首元。
マフラーを外し、シャツのボタンをひとつ、外す。
「え……?」
「熱がこもる。」
淡々とした説明。なのに──近い。近すぎる。
「……リヴァイ兵士長。」
「何だ。」
「……少し、過保護では。」
一瞬、手が止まる。そして──
「……うるせぇ。」
短く。でも、その後の動きは止まらない。
毛布を、肩から丁寧にかけ直す。
「今日は、ここで寝ろ。」
「執務室で……ですか?」
「他にどこがある。」
当然、みたいな言い方。
私は毛布を握りながら、小さく息を吐く。
「……ご迷惑では。」
「ならねぇ。」
即答。それ以上言わせない声。
身体が、少しずつ重くなっていく。
「……眠くなってきました。」
「だろうな。」
椅子に座ったまま、私は目を閉じる。
意識がフッと沈みかけたところで──
「……寒いなら、言え。」
低い声。
「春だ。まだ、冷える。」
そう言って、肩に何かが触れる。
……リヴァイ兵士長の腕。
抱き寄せる、というほどじゃない。ただ隣に座って、動かないだけ。
でも──それだけで、十分だった。
「……ありがとうございます。」
掠れた声で言うと、「寝ろ」と短く。命令。
私はそのまま、意識を手放した。
目を閉じる直前──
「……まったく。」
小さく、そんな声が落ちた気がした。
でもそれはきっと、夢じゃない。
春。
少しだけ風邪をひいた日。
人類最強は──やけに世話焼きだった。
────────────────
夜。
外はもう、完全に静まっている。
執務室の明かりだけが、廊下に細い線を落としていた。
ソファの上。
ユニは、毛布に包まれて横になっている。
顔色は、昼よりはマシだ。だが、熱はまだ引ききっていない。
「……。」
俺は椅子に腰を下ろしたまま、無言で様子を見ていた。
帰すという選択肢は──最初からなかった。
熱が高すぎるわけじゃねぇ。歩けないほどでもない。だが──
呼吸が浅い。手足が冷えている。
それで十分だ。
俺は立ち上がると、無意識のうちにユニの額に手を伸ばしていた。
……熱。
昼より、少しだけ下がっている。
それだけで、胸の奥が僅かに緩む。
「……ん……。」
ユニが、微かに声を漏らす。
起こすつもりはなかった。だが手を引こうとすると──指先が、そのまま髪に触れていた。
細い。柔らかい。
戦場で何度も見てきたはずなのに、こうして触れると別物だ。
……チッ。
俺は指を引く代わりに、毛布をもう少しだけ引き上げた。
肩が出ている。
……寒いだろ。
そう思った時点でもう──手が動いていた。
肩にそっと触れて、毛布を整える。そのまま離れるつもりだった。だが──
ユニの身体がほんの僅かに、こちらへ寄ってきた。
無意識だ。熱に浮かされているだけだろう。
……分かってる。
分かってるが、動けなかった。
俺の指はいつの間にか、ユニの頭に乗っていた。
撫でる、というほどでもない。整える、というほどでもない。
ただ──そこにある。
それだけだ。
「……。」
ユニの呼吸が、少し落ち着く。その変化が、はっきりと分かる。
……くそ。
俺はゆっくりと、息を吐いた。
過保護だ。分かってる。
だが──今は、いい。今だけは。
「……帰さねぇからな。」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
その時──廊下で、足音。扉の前で止まる。そしてノックもなしに、扉が開いた。
「……何してるんだ?」
低い声。振り向かなくても分かる。
エルヴィンだ。
「見りゃ分かるだろ。」
そう返すと、足音が近づいてくる。視線が、ソファのユニへ向けられる気配。
「……風邪、か。」
「大した事はねぇ。だが、今は休ませる。」
エルヴィンは一瞬だけ、俺の手元を見る。
──ユニの頭に置かれた、俺の手。
何も言わない。
ただ、少しだけ目を細めた。
「……そうか。」
それだけだ。
「無理はさせるなよ。」
「言われなくても、分かってる。」
短いやり取り。
エルヴィンは、それ以上踏み込まない。
扉の方へ戻りながら、ふと、振り返る。
「……随分、手慣れてきたな。」
「……うるせぇ。」
返事を聞く前に、扉が閉まる。
部屋の中に、静けさが戻る。
俺はもう一度、ユニを見る。寝息は安定している。
……大丈夫だ。
そう判断して、ようやく少し力を抜く。
だが、手は離さない。頭に触れたまま。
動かせば、起きる。離せば、冷える。それだけの理由だ。それだけのはずだ。
「……まったく。」
小さく呟いて、俺は椅子にもたれた。
夜は、まだ長い。
ユニが目を覚ますまで──ここにいる。
それでいい。それだけでいい。