第3章
夢小説設定
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調査兵団本部を去る、その朝。
中庭に立つと、いつもより空気が澄んでいるように感じた。
荷馬車が並び箱が積まれ、人の出入りが絶えない。
それでも──どこか静かだった。
私は少し離れた位置から、今までの本部を見上げる。
古い石壁。擦り切れた階段。何度も通った廊下。
ここで初めて調査兵団の制服を着て、居場所をもらって、たくさんの視線に晒されて──
そして……受け入れられた。
胸の奥が、きゅっと締まる。
寂しさはある。けれど──
「……行くぞ。」
聞き慣れた低い声。
振り向くと、リヴァイ兵士長が立っていた。
いつもと同じ表情。いつもと同じ立ち姿。
でもその存在だけで──足が、前を向く。
「はい。」
そう答えて、最後にもう一度、古い本部を見た。
──ありがとう。
声には出さず、心の中でそう告げる。
◇
移動は、思った以上に長かった。
馬車の揺れ。風の匂い。少しずつ変わっていく景色。やがて──
「……着いた。」
リヴァイ兵士長の声で、顔を上げる。
そこにあったのは、まだ見慣れない建物。
大きい。広い。
そして──まだ、誰の色にも染まっていない、新しい調査兵団本部。
あの日、掃除で訪れた場所。
埃ひとつ残さず磨き上げた床。光を反射する窓。整えた廊下。
今はまだ、家具も人もまばらだ。
けれどここには、これからの時間が流れる。
私は無意識に一歩、前へ出ていた。
「……遠いですね。」
ぽつりと、零す。
「そうだな。」
短い返事。
でも否定も後悔も、含まれていない。
私は、新しい本部を見渡す。
ここでまた、日常が始まる。
訓練をして、食事をして、笑って。時には、泣いて。そして──生き延びる。
胸の奥で、小さく何かが灯る。
不安もある。怖さもある。それでも──
私はもう、戻る場所を振り返るだけの兵士じゃない。
「……頑張ります。」
独り言のような声。
リヴァイ兵士長は、一瞬だけこちらを見てから、「当たり前だ」と、そう言った。新しい本部の前で。
私は確かに──調査兵団の一員として立っていた。
自身に割り当てられた部屋の扉を開けた瞬間、思わず足が止まった。
「……広い。」
ぽつりと、声が零れる。
前の部屋より、明らかに天井が高い。窓も大きくて、外の光がそのまま入り込んでくる。
床はあの時──掃除で磨き上げたままの、清潔な木目。
「窓も……大きい。日当たりもよさそう。」
独り言みたいに呟くと、「そうだな」と背後から、低い声が返ってきた。
振り向くと、箱を2つ抱えたままのリヴァイ兵士長が立っている。
私の部屋に迷いなく入ってくるその様子が、少しだけくすぐったい。
箱が下ろされる音。
「必要な物は、この辺でいいか。」
「はい。ありがとうございます。」
部屋を見回していると、ふと、窓の外が目に入った。
角を挟んだ、斜め向かい。距離は……近い。
「ちなみに──」
リヴァイ兵士長が、顎で外を指した。
「あそこだ。俺の部屋。」
一瞬、言葉が出なかった。
視線を辿ると、確かに──すぐ分かる位置。
「……近いですね。」
思ったまま、言う。
「そうだな。」
即答。
「何かあれば、すぐに対応できる。」
──"兵士長"としての、正しい理由。
でも……私は少しだけ間を置いてから、勇気を出す。
「……何かなくても……行っても、いいですか。」
自分でも分かる。確認なんて今さらだ。それでも、口にしないと落ち着かなかった。
リヴァイ兵士長は一瞬だけ視線を逸らし──
「今さら聞くな。」
低く、ぶっきらぼうに言ってから、
「……今までと、変わらねぇだろ。」
その言葉で、胸の奥がフッと、軽くなる。
「……良かった。」
思わず、口元が緩んだ。
作ろうとしたわけじゃない。ただ、安心してしまっただけ。
──あの時と、同じ。
リヴァイ兵士長が、一瞬だけこちらを見た気がした。
何も言わない。けれど、その場に留まっている。
それで、十分だった。
新しい本部。新しい部屋。
けれど変わらない距離が、確かにそこにあった。
──────────────
夜。
新しい本部は、昼間とは別の建物みたいに静かだった。
俺は椅子に腰を下ろしたまま、背もたれには寄りかからない。
癖だ。横になるより、こっちの方が眠れる。
眠れる、というより、意識を落とせる。
机の上は、もう片付いている。埃ひとつ、気に入らないものはない。
それなのに──視線が、何度も窓へ向く。
……チッ。
外は暗い。だが、向かいの棟の窓がひとつだけ、
ぼんやりと光っている。
──ユニの部屋だ。
分かってる。見張る必要なんてねぇ。
ここは本部だ。
警備も、配置も、万全だ。
それでも、無意識に目が行く。
昼間「近いですね」と言った声が、やけに耳に残っている。
近い。
それは"すぐ対応できる"距離で、同時に──"見えてしまう"距離でもある。
……だから何だ。
そう思って、一度、目を閉じる。
椅子の上で、腕を組む。呼吸を、整える。
守るだけなら、簡単だった。距離を取るのも、得意だった。
だが──"そばにいたい"と、泣きながら言われた。
それは今までのどんな戦場よりも、判断が難しい。
脳裏に、あの時の顔が浮かぶ。
泣き腫らした目。それでも、必死に立っていた姿。
……くそ。
考えるな。そう思えば思うほど、考えてしまう。
もし、今あの窓が突然暗くなったら。もし、体調でも崩していたら。もし──
「……くだらねぇ。」
小さく吐き捨てて、もう一度、窓を見る。
光は、まだある。
それだけで、胸の奥がほんの少しだけ緩む。
……馬鹿らしい。
人類最強が、部下の部屋の灯りを気にしてどうする。
それでも、目を逸らす気にはなれなかった。
俺は椅子に座ったまま背を預け──まぶたを閉じる。
睡眠時間はいつも通り、2、3時間で十分だ。
その短い時間の中で、考える事はひとつしかない。
──朝になったら、あいつはちゃんと起きてくるか。
それだけだ。
椅子の上で、意識がゆっくりと沈んでいく。
窓の向こうの光が消えない事を、祈るみたいに。
……いや。
祈るなんて柄じゃねぇ。
ただ、確認していた。
あいつが今日も、そこにいる事を。
それだけだ。