第3章
夢小説設定
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逃げ場のない沈黙。
先に動いたのは、ユニの方だった。
俺の言葉を、全部理解したわけじゃねぇ。
それは、表情を見れば分かる。
ただ──"そばにいていい"。
その一部分だけを、大事そうに掬い取った顔だ。
ユニは小さく息を整えてから、少しだけ距離を取ろうとした。
掴んでいたジャケットから、手が離れる。
……離れる、はずだった。
反射的に、俺の手が動いた。
手首。
強くはない。だが、逃がさない程度に。
「……っ!」
ユニが、驚いてこちらを見る。
ほんのり赤くなった頬。泣いた後の目。
そのまま、小さく視線を逸らして言った。
「……リヴァイ兵士長。……近いです。」
至極尤もだ。
俺はまだ、距離を詰めたままだからな。
「分かってる。」
短く返す。離す気はない。
理由を説明する気も、今はない。
ユニは一瞬だけ困ったような顔をして──それから、フッと力を抜いた。
抵抗しない。逃げない。
……信じてやがる。俺を。
それが、何より厄介だった。
「……良かった……。」
小さな声。
安心したみたいにそう零して、そして──
次の瞬間、ユニの体が、僅かに前に傾いた。
意図的じゃない。計算でもない。ただ、無意識に。
俺の胸元に、寄ってきただけだ。
──あぁ、そうか。
こいつは、これを"許可"だと思ってる。
俺が、そばにいてもいいと言ったから。だから安心して、近づいただけ。
抱きしめられているなんて、考えもしちゃいねぇ。
……本当に、質が悪い。
俺は一度だけ、深く息を吐いてから。
今度こそ、はっきりと腕を回した。
抱き寄せる。
逃げられないように、でも──潰さないように。
「……リヴァイ兵士長。」
ユニが、小さく声を上げる。
驚きと、戸惑いと、それでも拒まない響き。
「……嫌か。」
低く、問う。
「……いいえ。」
即答だった。少し照れた声で。
それだけで、十分すぎた。
俺は額の上あたりに、軽く顎を乗せる。
触れない。触れすぎない。だが、離さない。
「……なら、黙ってろ。」
いつもの、ぶっきらぼうな言い方。
でも──その内側にあるものは、もう隠せていなかった。
ユニは、小さく笑った。
今回は、はっきりとした笑顔だった。
安心しきった顔。
……あぁ。
完全に、詰んでる。
人類最強だとか、兵士長だとか、そんなものが、何の役にも立たねぇ瞬間があるなんてな。
俺は、静かに思った。
──この距離を許したのは、俺だ。
だったら、最後まで責任を取るしかねぇ。
廊下の角で、2人分の呼吸だけが、静かに重なっていた。
◇
夜。
本部の一角、灯りを落とした執務室。
グラスの中で、琥珀色の液体が揺れている。
……酔えねぇ。
分かってた事だ。
体質的に、酒はただの味付きの水みたいなもんだ。
それでも、今夜はこれを飲まなきゃどうにもならなかった。
守るだけなら、簡単だった。距離を取るのも、得意だった。
だが──"そばにいたい"と、泣きながら言われた。
それは今までのどんな戦場よりも、判断が難しい。
「……はぁ。」
息を吐く。
対面の椅子に、ハンジがどっかり腰掛けていた。
肘をついて、俺の顔を覗き込む。
「いや〜……今日のリヴァイ、分かりやすいね。」
「黙れ。」
短く返す。
グラスを傾ける。意味はない。
ハンジは気にした様子もなく、にやりと笑った。
「で?もう認めた?」
「……何をだ。」
「決まってるだろ。」
一拍。
「ユニって、かわいいよね。」
──ガン。
グラスを置く音が、少しだけ強くなった。
「……は?」
最適解は、それしか出てこねぇ。
ハンジは、楽しそうに肩を揺らす。
「いやぁ〜擦れるねぇ、これ。」
「もう終わった話だろ。」
「終わった"つもり"の話、でしょ?」
図星を突かれて、舌打ちが出る。
「……泣かせた。」
ぽつりと、自分でも驚くほど低い声が落ちた。
ハンジの表情が、一瞬だけ真面目になる。
「……あ。」
「距離を取った結果だ。守るつもりで、傷つけた。」
事実だけを並べる。言い訳はしねぇ。できねぇ。
「……それで?」
ハンジが促す。俺は、グラスの縁を見つめたまま続けた。
「認めるしかなかった。……認めたくはなかったがな。」
喉の奥で、言葉が少し引っかかる。
「……だが、あんな顔、されて。泣きながら、あんな事言われて、」
一度、息を吐く。
「認めざるを得なかった。」
沈黙。
「……クソが。」
自嘲みたいな呟き。
ハンジはしばらく黙ってから、ふっと笑った。
「でもさ、それ、悪くない顔だったよ。」
「何の話だ。」
「人間らしいって話。」
肩をすくめられる。
「人類最強が感情で判断ミスる瞬間なんて、そうそう見られないからねぇ。」
「……笑うな。」
「笑うよ。だって──」
少し声を落として、ハンジは言った。
「それ、ちゃんと"好き"になったって事じゃん。」
一瞬、言葉が出なかった。否定も、肯定も。
ただ、胸の奥が重くなる。
守るだけなら、簡単だった。距離を取るのも、得意だった。だが──もう、それだけじゃ済まねぇ。
「……俺は、」
口を開いて、一度、閉じる。
「どうすりゃいい。」
珍しく、本音だった。
ハンジは少し驚いた顔をしてから、柔らかく笑った。
「上手くやれ、とは言わないよ。」
「無理だ。」
「でしょ。」
即答。
「でもさ、逃げないで隣に立つくらいは──できるんじゃない?」
その言葉に、脳裏に浮かぶ。
泣き腫らした目。それでも、逃げなかった姿。
「……近いです。」
照れた声。
「分かってる。」
そう答えながら、離す気がなかった、自分の腕。
「……。」
グラスを、もう一度傾ける。
やっぱり、何も変わらねぇ。酔えない。だが──認めた以上、もう戻れない。
クソみてぇな夜だ。
それでも──どこかで、覚悟が固まり始めているのを、俺自身が、一番分かっていた。