第3章
夢小説設定
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廊下の角。人の気配は、ない。
──今なら。
そう思って、足を止めた。
少し先に、茶色のジャケットが見える。
背中。
迷いは……ある。
今のリヴァイ兵士長に近づけば、傷つくかもしれない。
それでも──このまま何も分からないまま距離が開いていく方が、もっと嫌だった。
「……リヴァイ兵士長。」
呼びかけると、足が止まる。振り向きはしない。
「何だ。」
低く、短い声。
それだけで、胸の奥が少し軋む。
「私……何か、しましたか。」
いつも通りの問い。
慎重に、感情を抑えた声。
少しの沈黙のあと、「何もねぇと、言ったはずだが」と、突き放すような口調。
「……なら、何か……気に入らないところがありましたか。」
言葉を選ぶ。
責めないように。縋らないように。
「知らない間に……失望させてしまいましたか。」
返事は、ない。背中のまま。
私は、続ける。
「私、努力する事は得意です。だから……何か改善点があるのなら、直します。」
必死だった。
近づく理由を、"兵士として"の言葉で何とか保とうとして。
「……知ってる。」
低い声。
「だが……そういう事じゃねぇ。」
その一言で張り詰めていたものが、ぷつりと切れた。
視界が、滲む。喉が、詰まる。
──あぁ。これ以上、我慢できない。
私は、一歩距離を詰めて──茶色のジャケットの裾を、ぎゅっと掴んだ。逃げられないように。子供みたいだと、分かっていても。
「前は……隣にいろって、言ってたじゃないですか。」
声が、震える。
「私……、前みたいな距離感に、いたいです。」
涙が、ぽろりと落ちる。止められない。
「リヴァイ兵士長の近くに、いられないのは……嫌です。」
縋るみたいな言葉。
格好悪い。弱い。でも──これが、今の本音だった。
ジャケットを掴む手に、力が入る。
離されたくなくて。
背中越しに、リヴァイ兵士長の気配が僅かに揺れた。
……ここから先は、彼の番だ。
───────────────
廊下の角。人の気配は、ない。
──最悪の場所だ。
逃げ場がなくて、誤魔化しも効かねぇ。
背中越しに小さな手が、俺のジャケットの裾を掴んでいる。茶色の布越しに、震えがはっきり分かる。
……チッ。
何度も戦場に立ってきたが、こんなふうに引き止められるのは正直──反則だ。
「前は……隣にいろって、言ってたじゃないですか。」
その言葉が、胸の奥に鈍く刺さる。
覚えてるに決まってる。忘れるわけがねぇ。
俺が言った。確かに、俺が。
「私……前みたいな距離感に、いたいです。」
声が、掠れている。
堪えきれずに落ちた涙が床に、音もなく弾けた。
……くそ。
なんで、そんな顔で見る。
「リヴァイ兵士長の近くに、いられないのは……
嫌です。」
完全に、終わった。
理性が。判断が。兵士長としての距離感が。
俺は、ゆっくりと息を吐く。
怒鳴るわけにもいかず、突き放すことも、もうできねぇ。
背中越しに、低く言った。
「……離せ。」
一瞬、指先の力が強くなる。
それが、答えだった。
「……命令だ。」
そう付け足すと、ようやく布を掴む力が緩んだ。
振り向く。
泣いてる。声を殺して、必死に立ってる。
──あぁ。やっぱり、見ちまった。最悪だ。
俺は視線を逸らしたまま、短く言う。
「俺が距離を取ったのは……お前が気に入らねぇからじゃねぇ。……むしろ、逆だ。」
ユニが、息を呑む音がした。
「他の連中の視線が集まるのが、気に入らなかった。」
事実だ。言い訳じゃねぇ。
「お前が、無自覚に──人を引き寄せるのもな。」
言ってから、自分で腹が立つ。
何を白状してる。
「だから兵士長として、距離を取った。」
一拍。
「……だが──」
ここまで来て、誤魔化すのは卑怯だ。
俺は、ユニを見る。
泣き腫らした目。それでも、逃げずに立ってる。
「それでお前を泣かせるなら……判断を、間違えた。」
小さく、ユニの肩が揺れた。
俺は、手を伸ばす。触れる直前で一瞬止まってから──ゆっくり、頭に置いた。
乱れた髪を、整えるだけ。
それだけなのに、指先が熱い。
「……前みたいな距離に戻れるかは、分からねぇ。」
正直に言う。
「だが、隣に来るなとは、もう言わねぇ。」
低い声で、確かに告げる。
「来たいなら、来い。」
それが、今の限界だった。
兵士長として。そして──1人の男として。
廊下に、静かな沈黙が落ちる。
逃げ場は、もうどこにもなかった。廊下の静けさの中でユニが──ゆっくりと、顔を上げた。
涙は、まだ頬に残っている。睫毛も、少し濡れたままだ。
だがその口元が、ほんの僅かに──緩んだ。微笑み。
無理に作ったものじゃない。勝ち誇ったものでもない。
……安堵だ。
「……良かった……。」
小さな声。息を吐くみたいに、こぼれ落ちた言葉。
その一言で──胸の奥で、何かが完全に、折れた。
あぁ、そうか。
俺は、こいつを追い詰めていた。
距離を取る事で、守っているつもりで。
だが──欲しかったのは、こんな顔じゃなかったはずだ。
俺は、考えるより先に動いていた。
伸ばした腕が、迷いなくユニの背中に回り、引き寄せる。
力は、強くない。逃げ道は、残している。
……それでも。
ユニの額が俺の胸元に触れた瞬間、小さく息を呑む気配が伝わってきた。
離れない。振りほどかない。
代わりに、指先が俺の服を──今度は、胸元を掴んだ。
……くそ。
「……泣くな。」
低く、短く言う。
命令でも、叱責でもねぇ。ただの──願いだ。
ユニの呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
俺は、その頭の上に顎を乗せる。髪が、頬に触れる。
「……俺は──」
誰に聞かせるわけでもなく、それでも、確かに伝えるために。
「お前が誰かに囲まれてるのを見るのが、気に入らなかった。」
一拍。
「……独占したい、なんて言葉は使わねぇが。」
喉の奥で、言葉を噛み殺す。
「近くにいるのが俺じゃないのは……気に食わなかった。」
それが、全部だった。
それ以上でも、それ以下でもねぇ。
ユニの肩が小さく震えて──それから、俺の胸に、顔を埋めた。
──逃げなかった。
俺はもう一度、腕に力を込める。
今度は、はっきりと。
「……前みたいに、とは言えねぇ。」
正直に。
「だが──今より遠ざける気は、もうねぇ。」
それだけで、十分だったらしい。
ユニが、小さく頷く気配がした。
廊下の角。
逃げ場も、言い訳もない場所で。
俺は初めて──自分の弱さごと、誰かを抱いた。