第3章
夢小説設定
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訓練が終わり、人の流れがばらけ始める。
ハンジ分隊長が、何か思うところがあったのかリヴァイ兵士長の方へ向かっていくのが見えた。
私は装備を外しながら、ぼんやりとその背中を目で追って──
「ユニ。」
名前を呼ばれて、はっとする。
振り向くと、少し離れた場所にエルヴィン団長が立っていた。
「この後、時間はあるか。」
「……はい。特に、予定はありません。」
そう答えると、エルヴィンは小さく頷く。
「なら、少し付き合ってほしい。」
いつもの穏やかな声音。命令でも、相談でもない。
歩き出すと、エルヴィン団長は私の歩調に合わせて隣に並んだ。
向かった先は、本部の建物の奥。
……団長室、ではない。
途中で立ち止まり、エルヴィン団長は手に持っていた紙袋を、少し持ち上げた。
「ユニ。甘い物は好きか?」
一瞬質問の意味を測りかねて、瞬きをする。
「……はい。嫌いでは、ありません。」
「そうか。」
それだけ言って、エルヴィン団長は再び歩き出す。
小さな休憩室。簡素な机と椅子。
普段は、あまり使われていない場所だ。
椅子を引き、エルヴィン団長が腰を下ろす。
「立ち話も何だ。少し、休もう。」
そう言われて、私も向かいの椅子に座る。
紙袋から、小さな箱が取り出される。
包みを開くと、中には切り分けられたケーキ。
……意外すぎて、言葉が出なかった。
「街で偶然見かけてな。量は多くないが……、」
そこで、少し言葉を切る。
「……今日は少し、気を遣うべき日だと思っている。」
その言い方は、断定でも説明でもなく──ただ、
そう"感じている"という程度のものだった。
私は視線を落としたまま、答える。
「……ありがとうございます。」
フォークを手に取る。一口、口に運ぶと、思ったより甘い。でも、くどくはない。
「どうだ。」
「……美味しいです。」
素直にそう言うと、エルヴィン団長は少しだけ目を細めた。
「それなら、よかった。」
沈黙。けれど、重くはない。
ケーキを食べる音と、遠くの話し声だけが微かに聞こえる。
「……ユニ。」
エルヴィン団長が、静かに口を開く。
「最近、少し──考え込んでいるように見える。」
胸が、小さく揺れた。
「……そう、でしょうか。」
「表に出すほどではない。だが、君は分かりやすい。」
責める響きはない。分析でもない。ただ、気づいている、というだけ。
「無理に話す必要はない。だが──」
そこで、一拍間を置く。
「調査兵団にいる以上、1人で抱え込むのは最善とは言えない。」
……優しい言い方だ。
"頼れ"とも、"話せ"とも言わない。ただ、逃げ道を用意するような言葉。
私はフォークを置いて、少し考える。
「……ありがとうございます。」
それだけしか、今は言えなかった。
エルヴィン団長はそれ以上、踏み込まない。
「甘い物は、心を緩める。今日のところは、それで十分だ。」
そう言って、自分のケーキに視線を落とした。
団長室で見る、張り詰めた横顔とは違う。ほんの少し、人としての距離が近い。
私はもう一口、ケーキを食べた。
胸の奥が、僅かに温かくなるのを感じながら。
食べ終わった皿を、そっと重ねる。
「ごちそうさまでした。」
「口に合ったようで、何よりだ。」
エルヴィン団長はそう言って、少しだけ笑った。本当に、ほんの少し。
休憩室を出て、並んで廊下を歩く。夕方に差し込む光が、床に長い影を落としている。
静かだ。
さっきまでの甘さの余韻が、まだ口の中に残っている気がして──それと同時に、胸の奥に別の重さもあった。
──リヴァイ兵士長。
ここ数日、視線が合わない。声をかけられない。近づこうとすると、なぜか距離ができる。
理由が分からないから、余計に苦しい。
角を曲がった、その先で──ばったり。
黒い影。
反射的に、足が止まる。
リヴァイ兵士長だった。
こちらを見たのは、一瞬。
けれど次の瞬間には、視線が逸らされていた。
「……。」
何も言われない。
足音だけが、進路を変えて遠ざかっていく。まるで、最初から私など見えていなかったかのように。
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
──あ。
息が、浅くなる。
気づかないふりをしていた感情が、また、顔を出す。
その時──
「ユニ。」
背中に、軽く手が触れた。
エルヴィン団長だった。
押される、というほど強くはない。けれど確かに──前へと促される。
立ち止まったままの私を、現実に戻すように。
「……大丈夫だ。」
低く、落ち着いた声。
私ははっとして、前を向く。
「……すみません。」
「謝る必要はない。」
エルヴィン団長は、そこで足を止めた。
「今日は、ここまでにしよう。」
そう言ってから、少しだけ間を置く。
「……良かったら、また付き合ってくれ。」
一瞬、言葉の意味を測る。
「今度は、店に行こう。君の好きな物を、頼めばいい。」
提案、というより──余地を与える言い方。逃げ道を、ちゃんと残したまま。
私は、小さく頷いた。
「……はい。」
それだけで、十分だったらしい。
「では、また。」
背を向ける前に、一度だけこちらを見る。その視線には、探る色も、疑う色もない。ただ、静かな気遣いだけがあった。
エルヴィン団長が去り、廊下に、私ひとりが残る。
遠くで、規則正しい足音が消えていく。
私はぎゅっと、拳を握った。
──分からない。
リヴァイ兵士長が、どうして避けるのか。私が、何かしたのか。
でも──胸がこんなふうに苦しくなる理由だけは、分かり始めてしまっている気がして。
それが一番、怖かった。
私は、ゆっくりと歩き出した。
調査兵団の兵舎へと続く、いつもの廊下を。