短編
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休暇のたびに、彼女は団長室に来る。
理由は単純で、静かだからだ。
机の向かいで本を開き、誰かが訪ねてくれば何も言わずに席を立つ。
それがいつの間にか、日常になっていた。
「ねぇエルヴィン。考慮と配慮って、何が違うの?」
私は書類から目を離さない。
「考慮は条件を含めて判断する事。配慮は相手の立場を想像して行動する事だ。」
「へぇ。」
ページをめくる音が、静かに戻った。
「……そういえば、」
彼女が、指で少し前のページを押さえながら言う。
「判断と決断って、どう違うの?」
私はペンを止めずに答える。
「判断は状況を見極める事で、決断は、その中からひとつを選び取る事だ。」
「ふぅん……。」
しばらく黙って読んでいたが、またページを戻す音がする。
「じゃあ、これは?」
本の端を軽く叩く。
「許容と容認。どっちも"認める"って意味だよね?」
「似ているが、使いどころが違う。」
視線は書類のまま。
「許容は個人の感情として受け入れる事。容認は立場として認める事だ。」
「……感情と、立場。」
彼女は、小さく繰り返す。
また数行読み進めて、今度は眉を寄せた。
「判断しても、決断しない事ってある?」
「ある。」
即答だ。
「状況を理解しても、選ばないという選択はできる。」
「逆は?」
「ない。決断は必ず、何かを判断した後に来る。」
「なるほど……。」
少しだけ、楽しそうな間。
それから彼女は本を閉じずに、ふと手を止めた。
「ねぇエルヴィン。」
今度は、問いの温度が違う。
「なんでこんなに似た意味の言葉が、わざわざ別々にあるんだろう?」
私は、ようやくペンを置いた。
「……どう思う?」
「分からないから聞いてる。」
正直で、遠慮がない。
私は少し考えてから、穏やかに答える。
「些細な違いも、伝えたかったからじゃないか?」
彼女は一瞬きょとんとして、それから、ゆっくり頷いた。
「……そっか。」
納得したというより、腑に落ちた、という顔だ。
それが心地いい。
夕方、彼女は本を閉じて立ち上がった。
「読み終わった。ありがとう。」
差し出されたのは、私が貸した本だ。
「また何か、おすすめ貸して。」
「それなら……そこの本棚は、まだ読んでいないと思うが。」
「じゃあ……これ借りてくね。」
迷いなく一冊抜き取って、扉へ向かう。
「また来るね。」
「あぁ。」
扉が閉まる。静けさが戻る。
私は椅子にもたれて、団長室の本棚を一瞥した。
……そろそろ、こっちの本棚の中身は入れ替えるか。
彼女がまた"偶然"選びやすいように。
そう考えている自分に、少しだけ笑ってしまった。
辞書役を務めるのも、悪くない。
どうやら──楽しんでいるのは、私の方らしい。
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