余談
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あの資料室でのキスから、数年。
私達の関係は特に変わる事もなく、またあの件はなかった事に…というよりはお互いに意識しつつも触れる事なく、気づいたら時が過ぎていた。
その頃になると生存率の高いエルヴィン分隊の評価は上がり、彼の存在が調査兵団内でも確かなものとなってきていた。私からすれば、遅すぎるくらいなのだが。
「ユニ。君ってエルヴィン分隊長と付き合ってるのか?」
「いや、まさか。エルヴィン分隊長が私なんか、相手にするわけないじゃない。」
「へぇ、そう。」
そして同時に、このような事を聞かれる事も増えた。それも急激に。私としては面倒だなぁというくらいだったのだが、分隊長も同じような事をよく聞かれるようになっていたらしく、あれ以来続いていた定期的な食事会にて、不意にその話題が上がった。分隊長の方から、「最近よくこんな事を聞かれるんだが」と。
「私もです。一体何なんでしょうか?」
私としては心当たりなどなく、全く意味が分からない。ただただ、鬱陶しいだけだ。
「私のはただの揶揄いだと思うが…。やはり、男共が君を放っておくわけがなかったな。」
「え?」
「君は最近、ますます美人になった。それに君は、誰に対しても分け隔てなく優しいだろう?大抵の男はみんな、そういう女性を好むからな。」
「…エルヴィン分隊長も、ですか?」
「…さぁ、どうかな。」
まただ。また彼は、私の問いにはまともに答えず、はぐらかそうとする。別に答えたくないのなら構わない。構わないが……なんだか壁を作られているように感じて、少し寂しいと思ってしまう。
「そういえば、随分と髪が伸びたな。伸ばしてるのか?」
「あぁ…まぁ、気分転換です。」
変わった話題に合わせ、伸びてきた髪の毛に触れる。なんて事はない。エルヴィン分隊長も女性らしい方が好きかもしれないと、調査兵団に入った頃は短かった髪の毛を最近になって伸ばし始めたというだけだ。もちろん伸ばしながらも、できる限りのケアはしている。それもこれも、エルヴィン分隊長の好みに刺さればいいと思っての事だ。
「君は美人だから、どんな髪型でも似合うな。」
「…エルヴィン分隊長がいつも美人だと褒めてくださるので、最近は自分でもそうなのかも…と思うようになりました。」
「いつも…?…言われてみればそうだな。」
「ふふ…まさか自覚してなかったんですか?」
無意識に言っていたなんて、本心からそう思ってくれていると、そう解釈してもいいだろうか?嫌でもそう解釈してしまう。だってその方が、私に都合がいいから。
「君は相変わらず純粋で、心配だな…。」
「団長の仰る純粋、という意味はよく分かりませんが…素直という意味であれば、そうかもしれません。ポジティブな感情は特に、すぐに口から出てしまいます。」
「そういう所が、人から好かれるんだろう。」
「それならこれは、エルヴィン分隊長のおかげですよ。私の行いによって分隊長の評価が下がる可能性があるので、これでもいつも身の振り方には気をつけているんです。」
「その割には、たまに上官の指示には従わないようだが?」
「!」
まさかの急な方向転換に、痛いところを突かれた。先日欠員が出た他の班に入れられた際、班長の指示に従わず軽く揉めたという事があった。分隊長はその事を咎める事はせず軽く謝罪をしてその場を収めたのだが…その時の事を言っているのだろう。
「そっ、それはどうしても、指示に納得できなかったからで…!それに意見を擦り合わせる時間もないし、結果的に無視をするしか…!」
「ははっ!冗談だ。あれは君の方が正しい。少なくとも、私はそう思ったよ。」
「もう…!心臓に悪いので、そういう揶揄いはやめてください…!」
「すまない。君のそういう反応を見たくて、つい。」
ヨシヨシと撫でられる頭。これはずっと変わらず、今も続いている。癖、なのだろう。しかし他の人にしているのは見た事がないので、これだけは私の特権なのだと、内心密かに喜んでいる。
「!…雪…。」
「冷えると思ったら…通りで寒いわけだ。」
お会計を済ませて外へ出るといつの間にか雪が降り始めており、吐いた息は白くなって、やがて空気に溶けて消えた。
ここから調査兵団本部までは、歩いて30分以上かかる。別に歩けないなんて事はないが、この寒さの中だとちょっと嫌だな…と思っていたら、不意に首元にマフラーが巻かれた。男物のグレーのマフラーは、ここへ来る時にエルヴィン分隊長が着けていたものだ。
「え…。とても有難いですが、これでは分隊長が寒くなってしまいます。」
「いいんだ。君が寒がっているのに自分だけ着けていては、居心地が悪いしな。」
「それは私だって同じです!」
「そうか…。なら…これで頼む。」
「!…え…いいんですか…?」
外気に晒されていた右手がぎゅ、と包まれて、途端に温かくなる。エルヴィン分隊長の左手が握ったからだ。私の「いいんですか?」という問いには答えず「寒いから、早く帰ろう」と彼が歩き出すので、必然的に引っ張られ私も歩き始めた。つまりは、いいって事だろう。
「ふ……ふふ…。」
「フ…。随分とご機嫌だな。」
「ふふ…温かいです。」
「なら良かったよ。」
幸せだなぁ…と、寒さの事なんかすっかり忘れて借りたマフラーに鼻先まで埋める。そうすれば普段はなかなか知る事のできないエルヴィン分隊長の匂いが近くに感じられて、ドキドキしながらも頭はふわふわと浮かれる。幸せすぎて、今なら巨人の10体くらいは続けざまに倒せそうだ。
「エルヴィン分隊長がいれば、冬の寒さも好きになれそうです。」
「…そうか。いつも君は大袈裟だな。」
「大袈裟なんかじゃないですよ!あなたといると、力が湧いてくるんです。本当に文字通り、エルヴィン分隊長は私にとって、生きる希望で…!」
「ははっ、何度も聞いた。」
「何度でも言うので、何度でも聞いてください!」
エルヴィン分隊長が正しくそれを理解してくれるまで、私は何度だって言う。嫌だと言っても、言い続ける。
30分以上あるはずの道程はあっという間で、調査兵団本部が見えてきた頃には薄らと道には雪が積もり始めていて、明日の訓練は雪の中の訓練になるかもなぁ、と、自然と頭はもう仕事の事へと切り替わっていた。
「…私は元々冬が好きだったが、もっと好きになったよ。…おやすみ、ユニ。」
既に仕事の方へと向かっていた思考は、エルヴィン分隊長の「好き」という二文字でいとも簡単に引き戻された。そしてその上離れる右手の指先に触れるだけのキスをひとつ残していくので、温かかった体はむしろ熱く、そして赤くなった。
あまりの衝撃に思考が飛び、気がついた時には彼の姿は既になく、代わりに彼のマフラーに鼻を埋めた。
「…もう…、エルヴィン分隊長…好き…。」
唸るような私の呟きは、そのグレーのマフラーに吸い込まれた。